2月14日ーー 今年もこの季節がやってきた。物心ついてから全く縁がないどころか、嫌悪感すら抱くようになったイベント。
そう、バレンタインデーだ。チョコを貰えないだけならまだいい。
実際にチョコを一つも貰えないことは悲しいのだが、それに加えて周りの揶揄もあるのだ。
学生時代にモテなくても、会社に入れば同僚や世話焼きの好きな先輩社員から義理チョコくらい貰えるものだと思っていたのだが、現実はミルクチョコのようには甘くなかった。
中小企業だったため、新卒の同期は0人、最も歳の近い女性社員はひと回り以上も年が離れており、しかも、その女性、本村理子さんは俺をいびってくるときた。
悔しいことに本村さんの言い分はいつも正しいし、俺がミスしていたりというのは事実なので、彼女が全面的に悪いとは思わないが、俺にだって少しくらい言い分はある。
そもそも本村さんは俺の教育係なのだから、できなければ優しく教えてくれればいいと思う。
だが、本村さんはスパルタ教育タイプなのか、俺に強くあたる。
最近ではあまりのキツさに一周して、逆に俺のことが好きなんじゃないかと思いでもしないとやっていけない。
正直、本村さんの妄想で夜な夜な一人、自分を慰めることも少なくなかった。
そして、社会人になって約1年の2月14日が訪れたのだが、本村さんが俺にチョコをくれることはなかった。
これがブラックチョコよりも苦い現実である。
加えて、彼女から帰りがけに言われた一言がまた堪えた。
「洲崎くん、誰からもチョコ貰えなかったの〜? まぁ、アタシだってあげてないもんねぇ」
キツめな美人顔をニヤつかせながら、まるで煽ってくるかのような本村さんの言葉が胸にグサッと刺さりながら、そそくさと会社を後にする。
街中で見かける多くのカップルの姿に、ますます虚しさが大きくなる。
はぁ… 俺だって女の子とイチャイチャしたいよ… そりゃイケメンじゃないけど、そこまでブサイクってわけでもないのに、どうしてここまでモテないのか。
そんなことを考えていると、普段の帰路では気にならなかった看板が目についた。
占い屋だろうか、お悩み相談と書かれた小さな看板に引き寄せられるように扉を開けると、小柄な女性がカウンターテーブル越しに出迎えてくれる。
どうやら占いのできるバーのようで、いつの間にか俺は日頃の鬱憤とモテない哀しさを吐露していた。
カウンター越しの女性はとても美しく、俺の話をよく聞いてくれて、すぐに惚れてしまいそうなほどだが、彼女の一言にハッとさせられるとともに、意識が薄れていく。
「貴方はその先輩が好きなのよ。今から貴方に魔法をかけてあげるわ。少しの間、先輩の気持ちになってはいかが?」
この人は何を言っているのだろう、魔法だなんて言って、新手のスピリチュアル的なお店だったのだろうかと思っていると、知らぬ間に朦朧としていった。
◆◇◆◇◆
うーん… なんだったんだ、さっきのは…
周囲を見渡してみると、俺はいつの間にか会社に戻ってきたらしい。
夢でもみていたのか、デスクのモニターには以前提出した商談報告へコメントが加えられたものが映し出されている。
こんなの見たことないぞ?
お茶でも飲んで落ち着こう……
って、クサッ! このマグカップ、口紅の跡がついている?!
俺のものじゃなくて、本村さんのじゃないか!
間接キスだなんて本村さんにバレたら怒られるどころじゃ済まないぞ。
そもそも、この席、俺の席じゃなくて本村さんの席だし。
本人に見つからないうちにソッと移動しなきゃ、なんて思っているところ、目の前に大きな影がやってくる。
「もしかしてだけど… アナタ、洲崎くんよね? 早くこっちに来て!」
耳元で囁いたのは毎日鏡でよくみる顔、俺自身だった。
なんだ、俺か… 良かったぁ。
本村さんに見つかっていたら、また怒られるところだった…
って、俺!?
喋り方がおかしくないか?
それに、なんだかクネクネしていて気持ち悪い。
第一、目の前にいるのが俺だったら、俺は誰なんだ?
俺が二人いるのか?
焦りから後頭部にやった手に結われた髪が触れる。
俺の髪は結えるほど長くない。不意に下を見てみると、視界を遮るものが胸元に存在している。
お、お、俺にお、おっ、おっぱ……
男の夢と希望が詰まった膨らみが俺の胸にたわわとしている。
近くにあった鏡へ目をやると、化粧直しから時間も経っているのか、やたらと艶めかしい本村さんの顔が映っている。これは肌ツヤというよりも、乾燥や皮脂でテカっているというほうが正しいのだろう、ちょっとクサそうだ。
なんてことを思いつつ、自分でいうのもなんだが、わりと頭脳明晰な俺は現状を整理し始めた。
眼の前にいる俺が女っぽい仕草をしていて、俺のことを『洲崎くん』と呼ぶ。
一方の俺は、ひっつめ髪に豊満なバストという身体で本村さんのデスクに座っている。
これは恐らく、本村さんが俺になっていて、俺が本村さんになっているのだろう。
入れ替わりというやつだ。
というか、それ以外に考えられない。
非現実的ではあるが、瞬間移動したかのように会社へ戻ってきているという段階でそんな考え方は破たんしているのだ。現状分析ができた俺は急に気持ちが軽くなる。
目の前の俺、つまり、本村さんがアタフタしている様子も気持ちの余裕を与える一因だった。
いつもなら自信満々で、隙もない本村さんが俺になっているからか、現実的でない事象を受けてか頼りなく見えるのだ。俺は思いきって少し本村さんを誂ってみることにした。
「はぁ? 何を言ってるノヨ? “洲崎くん”はアナタでしょ? “あたし”が洲崎くんに見えるなんて、ついにおかしくなっちゃったのカシラ?」
まさかの俺の返答に《洲崎くん》は驚きを隠せない表情で言葉を紡ぐ。
「たしかにそうなんだけど… でも、アタシは本村理子で… だから、アナタが洲崎くんで…」
なるほど… いつも俺が自信なさげに本村さんへ話している姿はこう映っていたのか。
たしかにこれはイビりたくもなる。
ちょっと誂うくらいの気持ちだった俺だが、もう少しこのまま《本村さん》のフリを続けることにした。
「さっきからなんナノ? どうして“あたし”の真似をしているのカシラ? あまり気持ちのいいものではないワヨ?」
「真似しているのはそっちでしょ! 本当にアタシが本村理子なの!」
《洲崎くん》が半べそをかき始める。時間も遅いことから、周囲に人はいなかったが、あまり騒がれるとカメラに不可解な行動が残ってしまうと思い、俺は理想の《本村さん》という『抱擁力に溢れる、優しい先輩』になりきって《洲崎くん》を外へ連れ出すことにした。
「鏡を見てもわかるだろうし、ほら、自撮りしてもアナタが“須崎くん”なのは明白でしょう? 話があるのはわかったから、とりあえず落ち着いて。そうだワ! ウチでご飯でも一緒にどうカシラ?」
今の状況を鑑みれば、俺が本村さんの家に帰ることになるのだが、なにぶん俺は本村さんの家など知らない。
だから《洲崎くん》に先導させることで本村さんのーー 今は俺のーー 家に帰れると考えた末に出した答えは強ち間違いではなく、《洲崎くん》はまんまと嵌り、俺を本村さんの家へと導いてくれた。
本村さんの家は小洒落たマンションで、部屋のなかは会社でのイメージとは異なり、意外にもガーリーなものであった。
数多のぬいぐるみに囲まれたベッド、ドレッサーの周りにはイケメンキャラのアクスタなど、普段とは違う一面に面食らったが、ここで隙を見せては《洲崎くん》にペースを持っていかれてしまう。なにせ、中身はあの本村さんなのだ。
油断など微塵も許されない。
部屋に入るなり《洲崎くん》はあたし、本村理子にまつわるあれこれを尋ねてきた。
当たり前だが、なかには俺が知っているはずのないものも多く、その都度に自分こそが本物だから知っているのだと主張してきたが、身体が本村さんのものだからか、心の余裕が湧き上がってくる。
「“あたし”が知らないって言っている“あたし”のことまで答えるだなんて、そんなに“あたし”が好きだったのカシラ? まさかストーカーしてたり?」
ムキになる《洲崎くん》を飄々といなし、年下の男を誂うように身体を撫でながら言葉を返すと、《彼》は顔を真っ赤にしながらヒステリックに口調を荒げる。
「やめなさいよ! アタシったら、なんで自分に触られて興奮しちゃってるのよ……」
ふ〜ん… 俺の身体だからか女性に触れられることへの免疫など皆無、中身が本村さんでも肉体的な反応は抑えられないのか。
よし、このまま押し切って既成事実を作ってしまえば《洲崎くん》は何も文句を言えないだろうし、元に戻ったとしてもこのことをダシにすれば本村さんより優位な立場にたてるし、チョコだって貰えて当然の関係になれるのではないだろうか。
何せ、《洲崎くん》は先輩である《本村さん》に襲われた側となるのだから。
俺、いや《あたし》は思いきりオンナを押しつける。力を入れて拳を握りしめたら折れてしまいそうな指で首筋から下へとなぞってやり、指先が胸元の突起物に当たるやいなや《洲崎くん》は両手で下半身を隠すように抑えた。
「あれれ〜? もしかして“洲崎くん”のアソコ、大きくなっちゃったのカナァ? 普段から“あたし”と接しているときもデスクの下でそんな感じだったりして? 全く、とんだ変態くんだったのネ。“あたし”のことをそういう目で見ていたなんて、これはお仕置きが必要みたいネェ」
「ち、違うの! これは……」
必死に誤魔化そうとするも、どんどんと股関のテントは高さを増し、スラックスにはシミが浮き出していた。突然、男の身体になってからまだ数時間しか経っていないのに、もう我慢汁を溢れさせるとは、俺が罪な年上のオンナを上手く演じられているからなのか、それとも本村さんがスケベな童貞オトコに向いていたのか。倒錯した思考が俺をさらに奮い立たせる。
「そういえばさっき、自分は“洲崎くん”じゃなくて、あたしだって言ってたような気がするけど、やっぱり身体は正直みたいネ。そんな嘘をついてまで、あたしの気を惹きたいだなんて、"洲崎くん"もかわいいところがあるじゃない! 今日は特別ヨ。それ、出しなさい♡」
《洲崎くん》の手を退けて、スラックスから膨らみの正体である、ギンギンになった肉棒を取り出し、包み込んでやると、《洲崎くん》が鼻息荒く語気を強めた。
「ダ、ダメッ! そんなことされたらアタシッ、アンッ♡ 気持ちいいけどォ、アタシはオンナなのォ… アァンッ、こんなモノ、ウゥンッ♡ アタシにはついてないはずなのにィ、なによこれ、やめてちょうだいよ、アタシ〜♡」
止めろと言われたので手を止めてみると、不思議そうな顔つきでこちらを見つめながら言葉を続ける。
「ハァ、ハァ……♡ えっ、どうして止めちゃうのよ? せっかく気持ちよかったのにぃ……♡」
「止めてほしいって言うから止めたんだけど、もしかして、天の邪鬼だったのカシラ?」
「そ、そんなことはないわよ? だけど……」
「モジモジしないでハッキリしなさいって、いつも言ってるワヨネ? どうしてほしいのカシラァ?」
「その… 続きをして…… ほしいノ……」
「抽象的過ぎてわからないワ? 具体的に言いなさいヨ?」
「お、おちんちんをもっと弄ってほしいの……」
「誰の?」
「ア、アタシの……」
「ふ〜ん、自分のことを『あたし』だなんて言ってるのに、ヤることはいっちょ前に男の子みたいなのネ。いいワヨ? 改めて、ちゃんと自己紹介とやって欲しいことをハッキリ言えたら、最後までヤってア・ゲ・ル♪」
「クッ…… ア、アタシは本、洲崎……くんです。アタシのおちんちんをしごいてください……」
「普通、自分のことを『くん』付けして呼ぶゥ? それに、“洲崎くん”って自分のことを“アタシ”だなんて言ってたカシラねぇ?」
「ボッ、ボクのおちんちんをしごいてほしいです…… お願いします、も、本村さん」
「“ボク”って呼び方じゃなかった気もするけど…… まぁ、そのくらいでいいワ。かわいい後輩くんの頼みだものネ。しっかりと味わいなさい♡」
再び《洲崎くん》の肉棒を握りしめ、右手の動きを早めると、目の前の“オトコ”から飛び出した白い液体が俺の顔にまで飛びかかる。
自分の精液を自分の顔に浴びるなんて最悪なはずなのだが、なぜだろうか不快感をそこまで持たない。
まさか、本村さんの女体になっていることで俺に女の気持ちが芽生えているとでもいうのだろうか。
いや、そんな訳ない、というか、俺にソッチの気はないため、そうは思いたくないのだが、気持ち良さそうな《洲崎くん》の姿をみて、俺も《本村さん》として快感を味わってみたいという想いと、もう少し誂ってやれという驕りも相まり、着衣を崩しながら言葉を漏らす。
「ねぇ、“洲崎くん”♡ あたしの手で扱かれてどうだったノヨ? アナタひとりで気持ち良くなっているなんてズルくないカシラ? 次はあたしも楽しませてほしいんだけど、異論ないワヨネ?」
「気持ち良かった…♡ アタシ、ボクにシゴかれてイッちゃったのよね…♡ もう一回イカせてくれるなら歓んで…… って、ダメよ、こんなこと! だけど、コレをアタシに挿れてみたい…… アタシ? ボク? アタシは本村理子なのに、須崎くんとしてアタシにイカされて……? ボクは本当に本村理子なの? でも、目の前にボクがいるのよねぇ? それに…… ヤダぁ、アタシの股におちんちんがあるゥ♡ ということは、やっぱりアタシが洲崎慶輔なのかしらぁ♡」
イッたばかりで息の荒い《洲崎くん》は混乱しながらも、こちらを見つめては下半身のイチモツを大きく反り立たせていた。
生まれてこの方、一度も女性との経験などない童貞の俺の身体に耐性がなかったのか、知るはずない異性の身体での性的経験のせいなのかはわからないが、《洲崎くん》は壊れてしまったかのように映り、俺もやり過ぎたかと流石に心配となって、我に返る。
「だ、大丈夫ですか…?」
「どうして“本村さん”がアタシに敬語で喋ってるんですかァ? やっぱりボクが本村理子で、アタシにみえるアナタが洲崎くんだったのねぇ? あれぇ?! アタシがアタシに喋ってるんだから、敬語でもおかしくはないのかしらァ? もうボクがアタシでも、アタシがボクでもどうでもいいから、早くヤりましょうよ〜♡ アタシに挿れされてくれるのよねぇ? アタシのおちんちんってば、もうこんなにギンギンなのよォ♡♡」
完全に自分を見失い、オトコの性欲に支配された《洲崎くん》は、このチャンスを絶対に逃さまいと俺に抱きついてきた。
まずい、このままだと本当にヤる羽目になってしまう。
俺もオンナの快感に興味はあるが、中身は本村さんとはいえ、自分自身に抱かれるだなんて勘弁こうむりたい。
《洲崎くん》を引き剥がそうとするが、今は俺のほうがか弱い女性で、向こうは紛いなりにも男性の身体なのだ。
力では到底敵わず、俺は《洲崎くん》のなすがまま、身を預けるほかなかった。
「本村さんのおっぱい、柔かいですねぇ♡ ボク、他人のおっぱい揉むの初めてなんですけど、この触感はたまらないわァ…… あンッ、またアタシのおちんちんが元気になってきちゃいましたよぉ、本村さん〜♡ そろそろ挿れさせてもらうわねぇ♡♡」
「ヤッ…♡ ちょ、待ってください! 俺も何感じちゃってるんだって話ですけど、ダメですって! 本当にマズいですよ! 正気に戻ってくださいよ、本村さん!! 俺がふざけて本村さんのフリしたの謝りますから! ヒャんッ…♡ せめてゴムつけてからでお願いしますって!!」
「いいじゃないですかァ♡ ボクが自分の身体に挿れるだけってことなんだから。もし、ここで止めたらアタシのおちんちん、爆発しちゃうもの…♡ イクわよ〜♡♡」
「おッ、おんッ、ダメンッ、あッ、あっ、なっ、なにこれェ…♡ もうダメェ♡♡」
「フー、フーッ…… アタシがアタシとセックスしてるゥ♡ おちんちんがボクに包み込まれてるのねぇ♡♡ ほら、もっと! もっとボクを気持ちよくしてちょうだい〜♡」
肉欲に溺れてしまった本村さんと、その男体を受け入れるほかなく快感を教えられた俺は、その後も力果てるまで身体を重ね続けた。
◇◆◇◆◇
んっ…… あれ? たしか俺、本村さんと入れ替わってて、めちゃくちゃにされて……
常軌を逸する体験を思い出しながら、朦朧とする意識を辿ると、そこはいつものオフィスだった。
昨晩のことは全て夢だったのだろうか。
夢にしては生々しい記憶だが、入れ替わりなどということ自体、現実では起こりえないのだと自身に言い聞かせ、目の前にあるPCのモニターを見ると、日付は2月15日となっていた。
残業しながら会社で寝落ちの挙げ句、あんな夢をみるほどに、俺の性欲は溜まり、歪んでいたのかと思うと、自分が嫌になる。
だが、もとより自分が好きではなかった俺にとってはそれほど大きなことではない。
尿意に誘われ、お手洗いへと向かった俺がベルトを弛めると、スラックスの下にあるべきではないが、見覚えのある布地が存在した。
これって本村さん… というか俺が昨晩履いていたショーツじゃ……
鈍器で殴られたかのような衝撃が脳内にモワーッと広がる。
あれは夢なんかじゃなく、実際に起こっていたのではないか?
ということは、いつもの席で澄ましている本村さんが履いているのは、俺のボクサーパンツかも……?
本村さんと下着を交換していると想像すると、元気になった俺のムスコがショーツの裾からニョキッと顔を覗かせる。
昨晩は俺のコレが本村さんに、いや、本村さんのコレが俺に挿さっていたかと思うと興奮の度合いは増し、用を足そうにも照準が定まらない。
個室に入り、ひとまず一回ヌくことでムスコを落ち着かせようと肉棒を握った手を前後に動かすが、ゴツゴツとしたオトコの手が目につき、萎える気持ちが芽生える。
この手が本村さんのものなら……
本村さんになりたい……
もう一度本村さんと入れ替わりたい、その一心で手を動かすと、肉棒の先端からたちまち白濁液が溢れ出した。
昨晩に何度も出したからか、その射出に勢いはなく、握りしめた手に垂れかかるよう纏わりつく液体を舐めてみると、俺が本村さんになっていた昨晩の出来事が鮮明に思い起こされる。
本村さんのマネをして喋るのも、はじめは照れくさかったが、すぐに馴染んだ。
なんなら、ノリノリでやっていたくらいだし、女コトバで喋るのがクセになりそうなほどだった。
それに、自分でいうのもどうかとは思うが、俺のほうが優しい先輩を上手くやれていたし、本村さんだってスケベな童貞男子がお似合いだったように感じる。
俺はあたしになりたい!
一生元になんて戻れなくなっていいから、本村さんと入れ替わりたい!!
そうは言っても、実際に他人と入れ替われる方法など、少なくとも凡人の俺には思いつくはずもなく、念入りに手を洗ってデスクへ戻ると、本村さんから呼び出しを受ける。
午後イチに外出があるから、俺に同行するようにとのことだった。
いつも通りのキツい口調に、再び昨晩のことは妄想だったかと思うものの、履き慣れないショーツの違和感が俺に勇気を与えてくれる。
あんな口調で言ってくる本村さんが、俺のボクサーパンツを履いていると考えると、また下半身が元気になるも、資料作成に取り組むことで落ち着かせた。
◇◆◇◆◇
外出の時間となり、本村さんについていくと、シティホテルの一室に通される。
用件は聞かされていなかったのだが、商談か何かとばかり考えており、意表を突かれた俺に本村さんが話を切り出す。
「洲崎くん、昨日のことなんだけど……」
「本村さんと俺がセックスしたことですか?」
「そっ、それもそうだけど、昨日アタシが洲崎くんになっていた気がするのよ。普通に考えたらありえないわよね。でも、間違いなくアタシが男になって、アタシ自身を抱いていた記憶があるのよ。あれは夢なんかじゃないわ。洲崎くん、何か知らないかしら?」
「俺も覚えてますよ。俺と本村さんが入れ替わっていたこと」
「やっぱり! あれってどうやったのよ?」
テーブル越しに前のめりとなる本村さんの目の色が変わり、突き刺すような視線が俺に向けられる。
「どうやったって、別に俺が何かやって入れ替わった訳じゃないですし、わからないですよ。ただ……」
「ただ、なんなの?!」
「占い師のお姉さんに『魔法をかけてあげるから、本村さんの気持ちを考えてみるように』って言われて、気づいたら俺が本村さんになってたんです」
「その占い師さんはどこにいるの!?」
「ちょっと待ってください。なんでそんなに詰めてくるんですか? 俺が昨晩本村さんのフリをしたの、そんなに怒ってるんでしたら謝りますから」
「どうでもいいわ、そんなこと。昨日気づいたのよ。アタシ、男のほうがいいわ! その占い師を見つけて、また入れ替えてもらいましょう!!」
「いや、入れ替えてもらうって誰と……」
「洲崎くん、アナタに決まってるでしょ! 昨晩のことがあるんだから嫌だとは言わせないわよ」
「うっ、それを言われると…… 仕事はどうするんですか?」
「仕事なんてどうだっていいじゃない。別にこの会社で困りそうなら転職すればいいじゃないの。洲崎くんだってアタシになって気持ち良かったんでしょ? 戻りたくないと思わなかった? もう一度女になりたいって思ってたりしない? アタシはアタシとヤるの、最高だったわよ」
「た、たしかにもう一回本村さんになってヤりたいですし、ずっと入れ替わったままでも……」
「じゃあ決まりね。これからはアタシが洲崎くんで、洲崎くんがアタシ。ということで、さっそく占い師さんを探しに行きましょうか。無事に入れ替われたら、ここに戻ってきて楽しみましょう。占い師さんのお店の場所わかるわよね?」
「は、はい…… たぶんですけど……」
微かな記憶を頼りに、占いバーの看板があった気がする辺りに向かうも、それと思わしきお店は影も形もない。
数時間に渡って周辺を捜索しても、そんなお店は見つからないどころか、行き交う人に訊ねても誰ひとりとして知らないという。
探し疲れた本村さんとひとまずホテルに戻ることとなった。
「洲崎くん、どうしてくれるのかしらね」
「申し訳ないです。だけど、俺もはっきりとは覚えていなくて……」
「言い訳は聞きたくないわ。とりあえず今晩はこのままでしましょうか。ボクと本村さんが入れ替わったというテイで」
「えっ…!?」
「『えっ…!?』じゃないでしょ! ほら、早くアタシらしく振る舞いなさいよ? 昨日は散々やっていたんだから、無能なアナタでもそのくらいはできるでしょ? 始めるわよ。ボク、また本村さんになっちゃいました。ボクになっているのは本村さんですよね?」
「そ、そうよ。あたしが本村理子。どうしてあたしが洲崎くんになんかならなくちゃいけないのよ。イヤになっちゃうわ、まったく!」
「あぁ…… その口調で責められるの、堪らないわ! アタシもなりきらないと…… ん、んッ、イヤだなんて言いながら、アソコはすっかり大きくなってるじゃないですか。そのおちんちんはボクのモノなのに、なんで本村さんが勃起させているんですか? 返してくださいよ、ボクのおちんちん!! あッ、そんなの見たら、ボクも濡れてきちゃいました……」
昨晩に続けて何度も身体を重ね合った俺たちが眠りに堕ちて少し経った頃、尿意で起きた俺がお手洗いで用を足し、洗面所で手を洗っていると、端っこに小さな小箱が置かれていることに気づく。
箱には有名なチョコブランドによく似た模様の包装紙が巻かれており、本村さんもかわいいところがあるものだとニンマリしていると、小箱の下に一通の封書が置かれていた。
『先日はご来店ありがとうございました。無事、先輩の気持ちになれましたでしょうか? こちらのチョコレートを貴方が先輩に差し上げ、一緒に食べることで、貴方は真に先輩になることができます。ただし、使用できるのは生涯で一度きりです。また、代償として、それぞれの親しい人どなたか1名ずつもお互いに入れ替わることになりますので、よくお考えになってからのご使用をお勧めいたします。それでは良き人生を』
俺…… いや、あたしのニヤついていた顔がいっそう崩れる。
占い師のお姉さんからのプレゼントであろう、これを使うことで、俺と本村さんは、あたしと《洲崎くん》になれる。
本村さんの期待にもようやく応えることができるし、少し遅れてしまったが《洲崎くん》の念願だったバレンタインチョコを渡してあげることができるのだ。
親しい人物の誰かしらが巻き沿いで入れ替わってしまうらしいが、それは悪いことではないと思う。
他者と入れ替わることで、これまでに知り得なかった快楽や歓びを味わう機会を掴めるのだから、むしろ入れ替わることになる俺と本村さんの知人には感謝されてもおかしくないくらいだ。
さて、《洲崎くん》が起きてきたらなんと言ってチョコを渡してあげようか。
そんなことを考えながら、あたしはもう一度睡魔の手招きに誘われ、《彼》の腕枕で眠りの世界に堕ちるのだったーー
TSFesでの入替モノ祭りも3回目とのことで、この時期恒例のお楽しみとなりつつありますね。
さて、おじさんと女子の入れ替わりを寄稿した昨年とは打って変わって、本年は年上女性と年下男性の入れ替わりを寄稿させていただきましたが、如何でしたでしょうか。普段はあまり大人向け要素を盛り込まないことが多いのですが、今回はなりきりプレイを通じた大人向け要素を敢えてメインしてみました。
少しでも楽しんでいただけましたら幸いです。
末筆となりましたが、素敵な企画ありがとうございました。
今後のTSFesにも大いに期待しております。