オタク男子の身体を押し付けられた少女が『自分になりすます』話

七瀬 ななせ桃花 ももかさん、どうかお願いします!私たちの世界をお救いください……!」
「えーっと……」

いつもの学校。いつもの放課後。
何もかもがいつも通りだった何気ない日常の中、あたしは明らかに不審者であると分かる女性と屋上で二人きりになっていた。
日本語は上手いけど、多分外国の人なんだと思った。短く整えられた髪は綺麗な銀色をしていて、じっとこちらを見つめている潤んだ瞳は鮮やかな緑色で、どれも日本人にはまずあり得ない特徴だろう。身に付けているのは世界史の教科書で見た記憶のある古代ギリシア時代の服のようなひらひらとした布だけ。そして極めつけは自身を『女神』だなんて言ってのけたことで……たった今聞き終えた話の内容も踏まえて、学校に侵入してきた頭のおかしい人であるのは間違いない。

「も、もしかして異世界転移ってこと!?しかも七瀬さんが選ばれたなんて……す、すごいことだよ!」

いや、そういえば二人きりではなかった。背後からは早口のくぐもった低い声が聞こえてきて、興奮でもしているのかいつもの倍くらい声量が出ているように思える。

そもそもの発端は彼、奥村 おくむら壮太 そうたくんに呼び出されたことだった。要件は恐らくあたしへの告白だったのだろう。彼が常日頃から向けてくる熱の籠った気色の悪い視線は気付いていたし、最近では友人にあたしの恋人の有無をしつこく聞いて回っていたことも耳に入ってきている。仮にイケメンからされたとしても気持ち悪いアプローチなのに、それを正反対のデブで不細工なオタク男子からされるのは拷問でしかなかった。
その疑念は下駄箱に手紙を入れるなんて古臭いやり方で呼び出してきたことで確信に変わり、ストーカーにでもなられないよう穏便に済ませようと呼び出しに応じて――彼がまさに口を開こうとした瞬間、何もない場所から手品のようにこの『女神』が現れたのだ。

「悩むお気持ちは分かります……。ですが、私たちにはもう時間が無いのです!今まさに魔王軍によって神殿の結界を破られようとしていて……」
「あ、あの、すみません。ちょっと待ってください。 ……ねえ奥村くん、異世界転移って何?というか、奥村くんはこの人のこと知ってたりするの?」

この女性が奥村くんの仕込みか何かだとも考えたけど、彼女が現れた時にあたし以上に驚いていた様子を見るにその線は薄いだろう。けれど何か事情を知っていそうな奥村くんに対して、縋るように視線を向ける。

「もしかして知らないの?異世界転移って言うのは文字通り、異世界に行って冒険する王道のシチュエーションなんだよ!この人はきっと向こうの世界における創造主みたいな人で、これから七瀬さんはすごいスキルなんかを貰って――」
「そ、そうなんだ。あたしアニメとかあんま観ないから……」

その後も早口で捲し立ててきた奥村くんの話はどれも荒唐無稽なものばかりだったが、それでもこの異常な状況に対する説明としてはしっくり来るような気もした。
この女性がさっきから使っている手品のようなものが、彼が言う『スキル』とやらなんだろう。何もないところからいきなり現れたりとか、説明をする際に空中に映像を映し出してみせたりとか。そもそもさっきからずっと宙に浮いてるし。

「それで、女神さんでしたっけ。世界を救ってほしいとか言ってましたけど、それってあたしじゃないとダメなんですか?」
「はい、あなたはこの世に二つとない聖女としての素質を秘めています。私たちの世界の脅威である魔王を打ち倒すにはどうしてもあなたの力が必要なんです……!」

鬼気迫る表情からしても、彼女が嘘や冗談を言っているとは思えなかった。世界の危機だなんだと言っているし、きっと頼みを聞いてあげるべきなんだろうけど……

「あの、その魔王っていうのを倒せなかったとして、こっちの世界に何か影響が出たりとかってあります?」
「い、いえ。私以外の存在がこちらの世界に干渉することは不可能ですので、影響は起こりえないかと……」
「そうですか……。なら申し訳ないんですけどお断りさせてもらいますね」
「えっ!?」

女神の話を聞いた限り、異世界転移とやらをしてしまえば戦うことに……つまり怪我をしたり、場合によっては命を落とす恐れもあるらしい。それに今日一日で終わる問題ではなく、場合によっては数ヶ月単位での時間がかかるかもしれないとも。
来年から高校三年生で受験勉強が本格的になっていくし、そもそも普段の学校やバイトだってある。それなのに、知りもしない無関係な別の世界のために無駄な時間を割くどころか命まで懸けるだなんて、引き受けるのは相当な馬鹿かお人よしくらいだろう。

「そんな……お、お願いします、あなたにしかできないことなんです! もし聖女を連れて帰ることができなければ、私たちの世界は……うぅっ」
「いや、そんなこと言われても困るって言うか……」

とうとう泣き出してしまった大人の姿を見て、あたしの気持ちはますます離れていった。
こちらの都合なんてお構いなしに要求を押し付けてきて、感情に訴えかけて断り辛い雰囲気を作れば押し切れるとでも思ってそうなタイプ。こういう人が一番嫌いなんだよね。

「それじゃあ、あたしもう帰るんで――」
「ぁのっ!か、代わりに僕が行きましょうか!?」

そそくさとこの場から離れようとした矢先、なんと奥村くんがそんなことを言い出した。

「ぼ……僕、異世界転生とかそういうのにずっと憧れてて!七瀬さんが嫌って言うんなら僕が……!」
「奥村くん、ちゃんと話聞いてた?あたし以外だとダメなんだってさ」
「えっ?あ、あぁ、そういえばそうだっけ」

まさか本当に気付いていなかったのだろうか、残念そうに肩を落とす奥村くんの姿を見て呆れてしまう。
というか、当事者でもないのにこうも簡単に命がけの頼みに立候補するだなんて……馬鹿かお人よしかで言えば、彼は間違いなく前者の方だろう。

「ぐすっ……は、はい、おっしゃる通りです。聖女の力は七瀬桃花さんの肉体に強く結びついているものですので、それ以外の方ではどうすることも…………いや、あの方法ならもしかしたら……!」

はっと何かに気づいた様子の女神を見て、何故か背筋に妙な悪寒が走るのを感じた。このままここに居座っていれば何かとんでもないことに巻き込まれてしまいそうな、取り返しがつかないことが起きてしまいそうな、そんな胸騒ぎを覚えるのだ。

「ね、ねえ奥村くん。そういえば大事な話があるって言ってたよね。この人の前だと話しにくいだろうし、とりあえず校舎の中入ろうよ」
「いや、でもこのまま女神さまを放っておくのはかわいそうじゃないかな……」
「今はそういうのいいから、早く逃げようって言って……えっ?」

この期に及んでまごついている奥村くんを無視して逃げようとしたあたしの足は、ピクリとも動かなくなっていた。足だけじゃない、手も頭も、全身がまるで金縛りにでもあったかのように硬直してしまっている。

(な、なにこれ……。ねえちょっと、あんたが何かしたんでしょ!? って、口まで動かせなくなってる……!?)
「奥村壮汰さん、本当によろしいのですか?七瀬桃花さんの代わりに聖女となり、私たちの世界を救っていただけますか……?」

あたしのことは気にもせず、女神は奥村くんに向き合って語り掛けていた。このまま黙って聞いていれば絶対碌なことにならないと確信できても、声は出せず身体も動かず逃げることができない。

「も、もちろんですよ!うわぁ、まさか僕が異世界転移できるなんて……ふひっ、夢みたいだなぁ♪」
「本当ですか!?あ、ありがとうございます! あなたのその慈悲の心はまさに聖女の鑑、きっとあなたなら世界を救ってくださると信じています……!」
「そっかぁ、僕が聖女に……って、男なんだけどいいんですか? ていうか、そもそも七瀬さんじゃないとダメって話じゃ……」
「え、ええ。それについては問題がなくなると言いますか、その……ええっと……」

あたしのことを置き去りにして盛り上がっていた二人だったが、奥村くんがそんな疑問を口にした途端に女神はあからさまに挙動不審な様子を見せた。一瞬だけちらりとあたしの方を窺ったが、それもすぐに俯いて誤魔化すように言葉を濁す。
すると、彼女は観念したようにふぅと深呼吸をして――

「七瀬桃花さん、本当にごめんなさい。ですが、私たちにはもうこれ以外の方法が残されていないんです……!」

女神は申し訳なさそうな声でそう言い放つと、動けないあたしの額に左手を、そして興奮した様子の奥村くんの額に右手を触れさせた。
そして小さく何かを呟くとその手がぼうっと白い光を放ち始めて、綺麗に輝いているその光を見ているとまるで自分の意識が吸い込まれていくような感じがして――

一瞬ふわりと浮き上がったかと思えば、次の瞬間にはどすんっと、今までに体験したことが無いような重みを全身に感じていた。それに何だか熱っぽいし、お腹や腰回りがいきなり窮屈になったように思える。
やがて光が収まると、女神は額に触れていた右手をそっと離すとあたしから目線を逸らした。

(……あれ?)

何かがおかしくて、何かが致命的に間違っている気がする。相変わらず身体を動かすことはできないけど、動かすまでもなくその違和感ははっきりと感じることができていた。
妙に頭が軽い……というか、明らかに髪が短くなってる。腰ほどまで伸ばしていた自慢のロングヘアの重たさが感じられず、耳や首元が妙にすっきりしている。
それに服も。スカートを穿いてたはずなのに足全体を覆うズボンのようなものに変わっていて、それに包まれている脚もみちみちと締め付けられているかのようだった。
一方で胸元だけは少しだけ軽くなっていて、常に視界に入っていた膨らみはどこにもなくて……恐怖と不安でどうにかなりそうになっていたあたしの耳に聞き覚えのある声が飛び込んでくる。

「な、何だったんですか今の。急に目の前が…………ぇえっ!!?ぼ、僕の胸におっぱいが……そ、それに声も女子みたいに……!?」

普段とは全然違う上擦ったような間抜けな声だけど、それが自分の声 ・・・・だということがはっきりと分かる。
直接見えないけど間違いない、隣にいるのは『あたし』だ。あたしの身体が、あたしの意思を離れて動いているのだ。
一方で、今の ・・あたしの身体は明らかに普段とは異なる、まるで太った男のようなそれへと変貌してしまっている。
こんなことが起こるなんて信じられないし、信じたくもないけど、まさか――

「よかった、精神交換は上手くいってくれたみたいですね。ご気分はいかがですか、奥村壮太さん?」
「へ!?あ、あの、それってどういうことですか?どうして僕の身体が女の子に……って、ぼ、僕!?どうして僕がもう一人……えっ!?」

安心したようにほっと息をした女神の言葉を聞いて、外れてほしかったあたしの推測は確信となってしまう。精神交換……つまりあたしの精神は奥村くんの身体に移されて、逆にあたしの身体に奥村くんの精神を入れられてしまったのだ。
あまりの気色悪さにぶつぶつと鳥肌が立つが、同時にそれが浮き上がっている肌がじっとりとした汗で湿っているのも感じ取れてしまい吐き気を催す。
一方の奥村くんは未だに状況を理解しきれていないようで、そんな彼を見かねてか女神が口を開いた。

「時間が無いので端的に言いますが、お二人の精神を入れ替えました。今のあなたは七瀬桃花さんの肉体になっているんです。これであなたは聖女として――」
「本当ですか!?そ、それじゃあこのおっぱいも……っていうか、こ、この服も身体も、全部七瀬さんの物ってことに……ふへっ♡ふへへぇっ♡」
「あ、あの……そういったことは出来れば控えていただけないでしょうか……。聖女らしからぬ行為ですので、その……」

状況を理解した彼は途端に嬉しそうな声を発し始めて、かと思えばすりすりと何かを弄るような音が聞こえてくる。
「そういったこと」「聖女らしからぬ行為」と言われているその行為が何なのかは想像に容易く、怒りのあまりどうにかなってしまいそうだ。

「あっ、す、すみません。嬉しすぎてつい……ふひひっ♡ ということはもしかして僕、七瀬さんの身体で異世界に行けるんですか!?」
「ええ、その通りです。詳しいことはこちらに来ていただいてからご説明いたしますね」
「そっかぁ……まさか異世界転移できるだけじゃなくて七瀬さんにまでなれるなんてねぇ……ふひっ♡ それじゃあ七瀬さんには悪いけど、僕の代わりに留守番してもらおうかな……って、あれ?七瀬さん、生きてる?」

奥村くんはあたしの目の前に立つと、あたしの顔でニヤニヤと笑いながらそんなことを言ってのける。
睨みつけてやりたい……というか、相手があたしの身体じゃなければぶん殴ってやりたいほどの怒りが込み上げてくるものの、女神に掛けられた金縛りのせいで指の一本すら動かせない。

「ああ、すみません。精神交換の妨げになるかと思って行動を制限していたんです。もう動いてもらって大丈夫で……きゃあっ!?」
「ぐぅぅっ!?」

女神が指を鳴らした瞬間に身体の自由が戻り、あたしは真っ先に彼女へ殴り掛かっていた。けれどその拳はまるでホログラムのように女神の身体をすり抜け、勢い余ってバランスを崩して前のめりに倒れてしまう。

「い、いきなり何をするんですか!?」
「それはこっちの台詞よ! いきなり異世界に行けとか命令してきて、断ったらこんなキモオタの身体にさせられて!何様のつもり!?あたしの人権とか考えないわけ!?」
「じ、じん、けん……?」

まるで自分が被害者であるかのようにおろおろと慌て出した女神の言葉にゾッとする。特別な力を持ってるとかそういうの以前に、そもそも価値観や倫理観なんてものがまるで違っているのだ。
そんな奴が管理している異世界とやらに、あたしの身体になった奥村くんが行ってしまえばどうなるのか……考えたくもない。

「ッ……とにかく、さっさとあたしの身体を元に戻してよ!」
「身体を元に……?ああ、それだけなら私の力で何とかしてあげられそうです」
「え、ほんとに?」

やけにあっさりとそう言ってのけた女神に、思わず拍子抜けしてしまう。世界の危機だなんだと喚いて泣き落としまでしてきたのだから、もう少しごねるか何かしらの条件を提示してくるかと思っていたのだけれど……。

「というわけですので、少しだけ失礼しますね」
「はあっ!?ふ、ふざけるなよ!せっかく愛しの七瀬さんになれたっていうのにまだ裸すら見れてないし、それにオナニーだって……こ、こんなの生殺しじゃないかぁっ!!」

女神が彼に右手を向けるのと同時に、奥村くんはあたしの声できゃんきゃんと喚き始めた。その内容はとことん見下げ果てた下卑たもので、ここまで来ると怒りを通り越して呆れてしまう。
とにかく、こんな奴にこれ以上あたしの身体を使われる前に元に戻してもらえることに安堵して……先ほどとは違い、女神がこちらに手を触れていないことに気付いた。

「お、落ち着いてください、奥村壮汰さん。あなたには聖女としての役目を果たして貰う必要がありますので、元の肉体に戻したりなんてしませんよ」
「へ? それじゃあ一体何を……うわぁっ!?」

とんでもないことを言い放ったかと思った瞬間、女神の右手が突如として眩い光を放ち始めた。あまりの眩しさに太い腕で目を覆ったものの、先ほどのように意識が吸い込まれていくような感じは全く無い。
やがて少しずつその光が収まっていって――ぱさり、と。床に何かが落ちるような音が聞こえてきた。

「ふう……どうです?七瀬桃花さんの元の身体 ・・・・をご用意いたしました。これなら納得していただけますよね?」
「……は?」

彼女が指差す方向に落ちていたのは、女子制服を身に纏った肌色の全身タイツのような何かだった。本来のあたしと同じくらい長い髪の毛はその色も一緒で、しわくちゃだけどその顔はどこか見覚えのあるように思える。
あたしの身体は未だに奥村くんのままで、あたしになった奥村くんも変わった様子がなく戸惑った表情を浮かべている。……なんとなくだけど、彼女が言わんとしていることが分かってきた。

「あの……さ。もしかして、この変なタイツを着れば元の身体に戻れるとか言いたいわけ……?」
「はい、その通りです!私の力で造り出したその"皮"を身に付ければ、ちゃんと元の身体に戻ることができますよ」

そう言いながらニコニコと笑う女神を前に、あたしは絶句する他なかった。
きっと、こいつは全部悪意無しにやっているんだろう。これ以上こいつと話をしたくない……というか、余計なことを言ってこれ以上変な力を使わせて、万が一にでも事態を悪化させたくなかった。

「分か……りました、もういいです。奥村くんがそっちの世界を救ったら元の身体……じゃなくて、精神交換っていうのであたしと彼の精神を元に戻してもらえるんですよね?」
「ええ、もちろんです。いつになるかは分かりませんが……その時が来ましたらこの場所にお呼びしますので、それまでは奥村壮汰さんの無事を祈っていてくださいね。では!」
「えっ、もうですか!?なんか準備とかって――」

女神は奥村くんの言葉を待たずして、そのまま彼と共にパッとその姿を消してしまった。きっと異世界とやらに行ったのだろう。
残されたのは奥村くんの身体になってしまったあたしと、元のあたしの姿を模した奇妙な全身タイツだけだ。途方に暮れながらもそのタイツを手に取ってみる。

「……とりあえず着てみようかな」

ぽつりと、未だに自分のものだとは思いたくないくぐもった低い声で独り言ちる。この声も、服も、身体も。何もかもが気持ち悪くて、これから解放されるのであればもう何でもよかった。
全く話の通じない悪魔みたいな女神だったけど、あの不思議な力だけは間違いなく本物だったから。きっとこれを着れば元のあたしに戻れるはず……だと信じたい。
皮とやらに着せられた制服を脱がすと、背中にぱっくりと割れ目があるのが見えた。恐らくはこの穴に手足を入れて着こんでいくのだろう。

「うぅ……キモいキモいキモいキモい……」

着る前に奥村くんの身体が身に付けていた制服を脱いでいく。気持ちの悪い男の身体を視界に入れないように、目を瞑りながら。
けれど当然触覚は伝わってくるわけで、いちいち感じられるその全部がとにかく嫌だった。全身にまとわりついているベタベタした汗。少し動いただけでぶるぶると揺れる、胸以外にもでっぷりと蓄えられた脂肪の感覚。それに股間に何かがぶら下がっていて……一瞬想像しただけで吐き気がしてくる。

「ふぅ、ふぅ……。は、早く着ないと……」

制服を脱いだだけなのに荒くなっている息を整えつつも、なるべく自分の身体を見ないようにしながら急いで皮を手に取った。この屋上に人が来ることなんて滅多に無いけれど、万が一誰かにこんな姿を見られてしまうのは絶対に避けたい。
恐る恐る、元のあたしの倍以上はありそうな太い両足を穴の中へと押し込んでいくと、不思議なことが起こった。

「うそ……あ、あたしの足!本当に元の身体に戻れるんだ……!」

まるで魔法か何かでも見ているようだった。奥村くんの巨体を押し込まれた皮はその中身の体型を反映せず、本来のあたしと同じすらりとした脚部を作り出していたのだ。
喜びのあまり、そのまま無我夢中になって全身をその中へと押し込んでいった。
何かがぶら下がっている股間は慣れ親しんだ割れ目に。何段かも分からないほどに贅肉が積み上がっているお腹はきゅっとくびれたものに。上半身まで着こんだら腕も細くすべすべとした感触に戻っていて、萎びていた胸がいつものような重さと膨らみを取り戻していく。
最後にだらんとぶら下がっていた頭部をぎゅっと押し込んでから、ゆっくりと目を開いた。

「よかった、ちゃんとあたしの姿に戻れてる……!」

そう呟いた声も違和感の無いソプラノボイスに戻っていて、安堵のあまり涙腺が緩みそうになってしまう。
一時はどうなることかと思った……というか、あたしの本来の身体は結局持っていかれてしまったままだけど、これなら問題なく今まで通りに過ごせることだろう。
あとはあっちの世界に行った奥村くんが無事に帰ってくるのを待つだけだ。……そういえばあたしの身体でオナニーがどうとか言ってたっけ。戻ってきたらどうしてやろうか……。

「はぁ……怒ったらなんかお腹空いてきちゃった。さっさと帰ろ……って、あれ?」

そうして元通りになったはずのあたしだったが、ふと違和感に気づいた。
制服がやたらときつく感じるのだ。さっきまで着てたのと同じだし、留めてるボタンの数もスカートのアジャスターの位置も変えてない。にもかかわらず、全身がどこかぎちぎちと窮屈に締め付けられているように感じる。

「……まさか」

嫌な予感がしてスカートだけ脱いでみたものの、その感覚に変わりはなかった。さっきと同じで、サイズの小さな服を無理やり着ているような窮屈さを感じる。

「もしかして、中身までは戻れてないってこと……?」

否定したかったけど、どう考えてもそうだとしか思えなかった。見た目はちゃんと元通りになっているし、いつもの身体を動かしているという感覚もある。けどそれと同時に、もう一つの身体 ・・・・・・・の感覚を確かに感じられてしまうのだ。
少し動いただけで汗だくになってしまう、重たく醜い男の身体。そういえばさっきから汗をかいてるような感じがするのに、あたしの身体 ・・・・・・の表面には水滴一つ浮かび上がっていない。ということは、きっとこの皮の中では……

「最っっっ悪!!」

頭に浮かんでしまったおぞましい想像を掻き消すようにして、あたしは誰もいない屋上で思いきり叫んだ。



***



「ごちそうさまでした……」

夕食を終えたあたしは、明らかにドン引きした様子の両親から逃げるようにして自室に戻っていた。
鍵を掛け、恐る恐る服を捲ってお腹を確認する。思った通り、あたしのお腹は綺麗なくびれを保ったままだった。……見た目だけは。

「あはは、すっご。あれだけ食べたのに太らないとか、もうダイエットしなくていいじゃん……はぁ」

乾いた笑いを漏らしながらお腹をさすると、その中ではちきれんばかりに膨らんでいるお腹の存在が感じられてしまう。
この皮を着て戻れたのは見た目だけ、つまり中にある身体はぶくぶくと太った奥村くんのままなのだろう。そのせいで異様なほどの空腹に苛まれたあたしは我を忘れて、食卓に並べられた料理を食い尽くさんばかりに貪ってしまっていた。

「ぐすっ……もうやだ。早く帰ってきてよぉ……」

思わず泣いてしまいそうになるのを堪えながら、ぼすんとベッドの上に寝転がる。
あたしの中にある奥村くんの身体はとにかく最悪だった。
なんと言っても、本当に男子なのかと思うほどに体力が無い。そのせいで片道20分のはずな家に着くまで休み休み歩いて一時間以上掛かったし、全身にまとわりつく脂肪のせいか、それとも皮を着ているせいかとにかく暑くて、まるで炎天下を歩いた後のように汗だくになってしまっていた。そしてその汗はまだ皮の中にぐっしょりと残っていて……考えないようにしていたけど、これも何とかしないといけないのだろう。

「お風呂、どうしようかな……。皮の中が気持ち悪いけど、でも奥村くんの姿になんて戻りたくないし……あれ?」

ふと、良い匂いが鼻を掠めたことで思考が止まる。どこか甘いような、それでいてドキドキするようなすごく良い匂い。それを嗅いでるとなんだか安心して、さっきまで考えていた悩みが段々とぼやけてくる。
すんすんと鼻ならしてその香りの元を探ると、それがすぐ近くにあることが分かった。

「あたしの布団……こんなに良いニオイしてたっけ……」

もしかしたら、お母さんが布団を干した時にアロマでもつけてくれたのかもしれない。すごく落ち着く……というか、なんだか頭の中がふわふわしてきた。それに……

「っ……♡なんで、どうしてこんな時なのにムラムラしてるの……?」

そう、あたしはどういうわけなのか、どうしようもなくエッチな気分になってしまっていたのだ。
別に生理前でもないし、いつも使ってるオカズを目にしているわけでもない。なのにさっきから頭の中が熱を帯びていって、アソコもジンジンと強く疼いてる。

「ん……♡」

明らかにおかしいとは思ってるのに、暴力的なまでの性欲に抗うことはできなかった。あたしはニオイの元である自分の布団に思いっきり顔を押し付けると、さらに濃厚になった香りを堪能しながら胸をイジっていく。
もう完全にスイッチが入ってしまって、そのままショーツの中にゆっくりと指を潜り込ませて――

ずりゅんっ

「……えっ?」

今まさに割れ目へと指を突き立てようとしていた瞬間、突然現れた硬い何かが指先に触れた。びくびくと脈打ってる、なんだかぬるぬるとしていて生温かさが感じられる棒のような物。それが現れるのと同時に股間がいきなり窮屈になり始めて……嫌な予感がしたあたしは飛び起きると、脱ぐまでもなく部屋着のショートパンツを押し上げているソレ ・・と対面していた。

「こ、これっ、男の!? なっ、なんで!?どうして!?」

パニックになってそう悲鳴を上げたものの、それが自分から生えている理由もなんとなく察せてしまう。
あたしの中に押し込められている、奥村くんのカラダ。その股間から生えているグロテスクな棒がその大きさを膨脹させた結果、同じ位置にある穴から飛び出してきたのだ。
男性器が勃起して大きくなることは知識として知っている。性的に興奮するとこうなってしまうのだと。
そして……認めたくはないけれど、その興奮の材料になってしまったのは恐らくあたしのニオイ ・・・・・・・だ。

「き、気持ち悪い……!もしかして、これも奥村くんの身体になってるから……?」

自分自身の体臭に興奮なんてするわけがないし、そもそも今朝まで毎日寝ていた布団でこうなってしまうのはどう考えてもおかしい。
今朝と今の自分で違う点なんて一つしかなくて……本当に、何もかもが最悪な身体を押し付けられてしまったのだと思い知らされる。

何とかして鎮めようと解決策をネットで探したものの、どれも役に立たない情報ばかりだった。
放っておけばいいとか、女性に触ってもらえば治るとか……挙句の果てに、自慰をして射精をすれば落ち着くだとか。そんなことできるわけないし、絶対にしたくない。
そうしてしばらく待ってみたものの、大きくなった男性器は一向に収まってくれなかった。きっとあたしの部屋中に漂ってる匂いが原因なんだろうけど、こんな姿を両親に見られでもしたら生きていけない。

「そうだ……皮の中に押し込んじゃえばいいんだ……」

熱くなってぼやけた頭でふと妙案を思い立ち、すぐに実行に移した。この皮は奥村くんの巨体を収納できるのだから、きっとこの棒もすぐにしまい込めるはずだと。

「痛っ……!?うぅ、入って、入ってよぉ……っ!」

先端を握った瞬間に痛みが走り、この棒が自分のものなのだと言われているような気分になって涙が零れる。
しかし、何度も押し込もうとしている内に慣れていったのか、その痛みは無くなっていった。それどころか少し気持ち良い感じもして、その感覚に脳を焦がしながらもひたすらに棒を押し込んでいく

「入って……入れ……♡入れ、はいれっ♡♡はいれっ♡はいれぇぇっ!♡♡」

ぐっっと一際強く押し込んだ瞬間、先端を掴んでいた指の隙間から液体が勢いよく噴出していった。まるでオナニーでイったときみたいな強い快感が走って……それからすぐに、熱くなっていた頭がすーっと急速に冷えていった。

「…………え?」

呆然とする中、あれだけあたしを悩ませていた股間の屹立は嘘みたいにその大きさを萎ませていった。それを掴んでいた手には変な臭いがする白濁液がべっとりと付着していて、手に収まりきらなかったであろうその一部が部屋の壁紙を汚しているのが見える。

「あ……そうだ。汚れちゃったし……お風呂入らなくちゃ……」

手と股間にへばりついた液体を大量のティッシュで拭い去り、ふらふらと脱衣所に向かっていく。いつもみたいに服を脱いで、籠に入れて、浴室にある鏡に映る自分の裸を見た途端に、皮の中に納まっていたはずの男性器が再びムクムクとその大きさを取り戻していった。

「ふふ…………あはっ、あははははっ。 はぁ……なんかもうどうでもよくなっちゃったなぁ」

そうして全部を諦めた瞬間、すっと心が楽になっていくのを感じた。
奥村くんがこちらの世界に帰って来るのはいつになるか分からない……というか、女神の話を聞いた限りだと向こうで死んでしまうことだってあるかもしれないのだ。
なら、もういっそ楽しんでしまおう。男になってしまった身体も、その上から皮を着て自分自身に変装しているという訳の分からない状況も。そうでもしないと、本当に頭がどうにかなってしまいそうだった。

「うん、そうだよ。別に学校だって我慢すれば今までみたいに通えるし、この身体も慣れればそう悪いものじゃなさそうだしね」

自分自身に言い聞かせるようにして、鏡に映るあたしに向かって語り掛ける。勃起した股間以外は今まで通りの、見慣れたはずのあたしの裸。
もしかしたら、これも奥村くんの身体になってるからなんだろうか。元々自分の容姿には自信があったけど、なんだかいつも以上に可愛く見えてくる。それに……

「……あはっ♡あたしのカラダってこんなにえっちだったんだぁ……♡♡」

あたしは胸元にある自慢のおっぱいにむしゃぶりつきながら、我を忘れたように股間の棒を扱き続けていった。



***



「うわっ、相変わらずよく食べんね。いい加減にしないとそろそろ太るよ?」
「大丈夫だって、太らない体質だから。疑うんならこのお腹でも触ってみる?」
「あははっ、うっざ。……っていうか、本当にこの量がどこに消えてるわけ?マジで羨ましいんだけど」

食堂で対面席に座ってきた友人に話し掛けられ、頬張っていたものを飲み込みながらも軽口を叩く。
テーブルには以前のあたしでは一日かけても食べきれなかったであろう料理が並んでいたが、その半分ほどを飲み込んだ後でも自慢のスタイルは変わらない。本当に良い体質を手に入れたものだとしみじみ思う。

奥村くんがあたしの身体で異世界に行ってから、もうすぐ一ヶ月ほどになるだろうか。
最初は最悪だと思っていた彼の身体も慣れれば悪いものではなくて、今ではむしろこの生活を楽しんでいた。
少し歩いただけで汗だくになるのは相変わらずだけど、バス通学に変えたことでそれも楽になっている。結局あの日から一度も皮を脱いでないせいで汗とかがこの中に溜まってるんだろうけど、それが見た目や臭いに表れることが無いと分かってからは一気に気が楽になったものだ。それに――

「ねえねえ、沙織 さおりも突っ立ってないでこっちおいでって。ほら、あたしの隣の席空いてるよ?」
「えっ?で、でもっ……」
「何?いいから遠慮しないでおいでってば」
「う……うん。ありがとう桃花ちゃん……」

あたしの呼びかけに応じて、声の小さい女の子がおずおずとした様子で近づいてくると隣の席に座った。
彼女は君島 きみしま沙織 さおり。つい最近仲良くなったばかりのあたしの友達だ。
正直に言えば、前のあたしだったら絶対に仲良くならなかったであろうタイプの娘だ。根暗だしオタクっぽいし、顔は可愛いけど性格だけみれば奥村くんに近いように思える。

「ふーん……なんか二人とも最近べったりじゃん、別にいいけど。 君島さん気を付けなよ?桃花、外面はいいけど結構腹黒い奴だから」

余計なことを言われたからか、沙織はビクッと肩を震わせていた。けれどそれ以上何を言うわけでもなく、あたしのご機嫌でも伺うかのようにちらちらと視線を向けてくるだけで――本当に良い友達 オナホができたものだと、心の底から思った。



***



その日の放課後。学校の屋上に沙織を連れ込んだあたしは、そのまま獣のように彼女を貪っていた。
ラブホとかでヤるのも悪くないけど、やっぱり屋外でヤる方が興奮する。こうして青姦しているとまるで無理やりレイプしているみたいな気分がしてきて……そんなことを考えていたせいか、射精した直後だというのにあたしのモノは再び硬さを取り戻していた。

「あーあ、沙織がえっちなせいでまた勃ってきちゃった♡ちゃんと責任取ってお掃除フェラしてね?」
「え、えっと……むぐぅっ!?」

躊躇する沙織の頭を掴み、有無を言わさずその小さな口に強引にチンコを突き立てていく。喉奥まで突き刺したそれを激しく前後させると沙織の苦しそうな声が聞こえてくるが、あたしは一切気にすることなく腰を振り続けた。

この関係が始まったのは、あたしが男の身体になってから一週間ほど経った頃のことだった。
きっと、奥村くんにそういう性癖があったせいなんだと思う。あたしのチンコはあたしみたいな巨乳を見ただけですぐ反応してしまい、それどころか他の女の子のおっぱいまで無意識の内に目で追うようになってしまっていた。

そんなある日、突然沙織の方から話があると呼び出してきたのだ。正直、声を掛けられた時は肝を冷やした。彼女は目立たないもののあたしに引けを取らないくらいの爆乳で、これまで何度も学校でのオナニーでお世話になっていた相手だったから。
ところが、彼女が口にしたのは想像の斜め上を行く言葉だった。誰にも言っていないけど実はレズだったこと。以前からあたしにずっと想いを寄せていたらしいこと。最近になって頻繁に目が合うようになり、「もしかして……」と期待しつつも玉砕覚悟で告白に踏み切ったことを、顔を真っ赤にしながらぼそぼそと語ってきたのだ。

前のあたしだったら間違いなく「気色悪い」と拒絶していたであろうその告白を、あたしは嬉々として受け入れていた。実を言うと、その頃にはもう一人でのオナニーに少し嫌気が差していた。鏡を見ればあたしの理想を描いたかのような美少女 あたしが誘惑してくれるのに、その娘にチンコを挿入れることができずに手で扱くことにもどかしさを感じていたのだ。
そんな中であたしを性的に見てくる女の子が現れたのだから、もう我慢なんてできるわけがなかった。
沙織はあたしのチンコを目にして悲鳴をあげたものの、病気だとか適当に言い訳をしたら受け入れてくれて――それ以来毎日、日によっては何度も彼女を呼び出してはこうして性処理をさせていた。

「んお゛お゛ぉぉおっ!♡♡♡♡また射精るっ♡♡♡♡ご褒美ザーメン流し込んであげるから全部飲み干してねっ♡♡♡♡♡」
「んぶぅっ!!? んっ……んぐっ……」

喉奥に向けて無遠慮に白濁液を流し込み、女だった時には味わえなかった快感と征服感に酔いしれながら口の中からチンコを引き抜いていく。沙織は苦しそうにしながらも、それを吐き出すことなくゆっくりと飲み込んでいった。

「はぁ、気持ち良かったぁ……♡えらいじゃん沙織、今日はこぼさないで全部飲み込んでくれたね」
「う、うん……。だ、だって大好きな桃花ちゃんの頼みなんだもん。これくらいどうってこと……あ、あれっ?」

ぎこちない笑顔を浮かべたまま、沙織は突然ポロポロと涙をこぼし始めた。

「ちょっと、どうしたの?」
「ごっ、ごめんね……ぐすっ。びょ、病気で一番辛いのは桃花ちゃんだって、わっ、分かってるけど……。も、もう耐えられっ、なくて……ひぐっ」

泣きじゃくる彼女が口にしたのは、あたしに対する拒絶の言葉だった。
そっか。なんだかんだでお互い楽しんでるものだと思ってたけど、泣くほど嫌だったんだね。
でも……どうしてなんだろう。そんな彼女を見て浮かんだ感情は申し訳なさとかじゃなくて、むしろ――

「もう、ダメだよ?そんな可愛い泣き顔見せられたら余計に興奮してきちゃうじゃん……♡」

びりっ

そうやって再び彼女を押し倒そうとした時、突然そんな乾いた音が響いた。
びり、ぶち、びりり、と。同じような音が立て続けに聞こえてきて、その度にいつも感じている全身の窮屈さが少し和らいでいるように思える。

「何この音……え゛? こ、声っ、あたしの声が……!?」
「も、桃花……ちゃん……?なに、それ……」

突然野太くなった自分の声に驚いたのも束の間、沙織があたしに向けて指を差してくる。その指は何故か大きく震えていたものの、彼女の視線を辿って自らの身体に目を向けたことですぐにその意味に気付かされた。

「嘘でしょ!?どうして皮が破けてるの……!?」

そこにあったのはチンコが生えている穴から大きく裂けた皮と、その下に隠れていた無駄毛まみれの丸太のような足だった。同時に、ツンとした悪臭が鼻を突いて思わず顔をしかめる。洗っていなかったからなのかその臭いは頭が痛くなりそうなほどに強烈で、この身体になってからの暴飲暴食のせいなのか初めて皮を着た時よりも更に肥え太っているように思える。

「その声……お、男の人……? だ、騙してたの?桃花ちゃんに変装して、あ、あんな酷いことを……」
「お、落ち着いて沙織。これには深いわけがあって――」
「こないで!! いやっ、いやああああぁああっ!!!」

さっきとは別物の、明らかな敵意と恐怖の入り混じった拒絶の悲鳴があたしに浴びせられる。
どうしよう、まさかこの皮が破けるような物だったなんて思いもしなかった。なんとか言い訳を振り絞ろうとパニックになった頭を必死に回している間に沙織は逃げ出してしまったようで、屋上には絶えず裂け続けている皮を必死に押さえているあたしだけが残される。
なんとか追いかけようとしたものの、以前よりも重たく膨らんだ男の身体はまるで言うことを聞いてくれなかった。走るどころか歩こうとしただけで足がもつれ、転んだ衝撃で残った皮まで音を立てて破けてしまう。

「そんな……」

そうして力なく呟いた声は完全に男のそれへと変わってしまっていて……いや、声どころか全身がもう奥村くんの身体に戻ってしまっているのだろう。
結局あたしはその場から立ち上がることすらできず、遠くから聞こえてくるパトカーのサイレンに怯えることしかできなかった。



***



それから数日が経った今、あたしは冷たい留置所で一人項垂れていた。
どうやら今のあたしは『七瀬桃花』でも『奥村壮汰』でも無い、戸籍不明の厄介な性犯罪者ということになっているらしい。そういえばクラスメイトが一人消えたというのに教室は平然としていたし、あの女神が何らかの力で余計なことをしてくれたのだろう。

「……そうだよ、元はと言えばあの女神のせいなんだから、あたしは何も悪くないじゃん。なのに……ぐすっ」

取り調べ中に聞いた話によると、『あたし』のことは結構な騒ぎになっているようだった。本当のあたし、七瀬桃花は突然行方不明になったことになっていて、そして今の……奥村くんの身体になってしまっているあたしはというと、七瀬桃花を誘拐した上に彼女の友人をレイプしたという容疑が掛けられているらしい。
もちろん、あたしは否定し続けた。七瀬桃花は他でもないあたし自身だし、沙織とは合意のうえでやっていたことだから。だから罰を受ける謂われなんて無いとは思っているけれど……もしものことを考えるのが怖くなってきたので、思考を止めるためにふて寝をすることにした。

「あの……七瀬さん、ですよね……?」

すると、檻の外から突然女性の声が聞こえてきた。妙に聞き覚えのあるこの声……間違いない、あたしになった奥村くんがようやく戻ってきたようだった。慌てて飛び起き……ようとしたものの身体が持ち上がらず、のっそりと起き上がる。

「こちらに来るのが遅くなってしまい、本当にすみませんでした!まさかこのような事態になっているとは夢にも思わず……」
「えっ……あれ?な、なんであんたがあたしみたいな声で喋ってるわけ?」

怒りをぶつけようとしたものの、それを上回る困惑のあまりそんな質問が先に口をついて出てしまう。
そこに立っていたのは『あたし』ではなく、あの女神だったのだ。髪が伸びて身長も縮んでいるように思えるけど、この日本人離れした銀髪と緑色の瞳は間違いなくあいつのものだった。……なのに、どうしてなのかその顔に『あたし』のような面影があるような気もして、訳が分からない。

「えーっと、そうですね。何から説明していけばいいのか……。姿は変わってしまいましたが、私は奥村壮汰なんです」
「……はあっ!?」

そうして堰を切ったように溢れたあたしの怒声に対して繰り返し謝りながらも、奥村くんは順序立てて事の経緯を語って言った。
異世界に転移して浮かれていたものの、その直後になんとあの女神が殺されてしまったこと。それでも何とか聖女としての力を使って魔王軍と戦い、ついさっき魔王を打ち倒すことに成功したこと。そして、女神を失った世界を保つために自分の身体を……あろうことかあたしの身体を勝手に犠牲にして自分が女神になったなんてことを、申し訳なさそうにしつつも平然と言ってのけたのだ。そして――

「じゃ、じゃあ何?あたしはもう元の身体には戻れないってこと……?」
「はい……申し訳ないのですが、そうなりますね。聖女の……七瀬さんの肉体は既に世界の礎となって消えてしまい――」
「ふざけないで!!! 返して!あたしの身体を返してよぉっ!!」

怒りのままにガシャガシャと鉄格子を揺さぶるものの、女神の顔をした奥村くんはただ黙って首を振るだけだった。
いくらなんでもあんまりだ。あたしが、あたしとして生きてきた七瀬桃花という人間が……こんな訳の分からないことで消えてなくなるなんて。

「ううっ……ぐすっ……」

その態度にとうとう何も言えなくなったあたしは、その場にうずくまって嗚咽を漏らすことしかできなかった。

「……本当に申し訳ないと思っています。かつての私の軽率な判断のせいであなたをこんな目に遭わせてしまったなんて……。元の身体に戻すことはできませんが、どうかせめてもの償いをさせてください」

そう言うと、奥村くんは鉄格子をすり抜けてこちらに近寄ってきた。その手からは以前見たような白い光が発せられていて、少しずつあたしの額に近づいてくる。

「ま、待って……何をするつもりなの?ねえ……ねえってば!」
「お、落ち着いてください。私はただ七瀬さんを苦痛から解放させてあげたいだけなんです。 ……もう会えなくなってしまうのは心苦しいですが、どうかその身体で……かつての私の身体で、幸せに暮らしていけるよう祈っていますね」
「やめ――」



***



「んん……?なんだよもう、うるさいなぁ……」

けたたましい電子音で目が覚めて、苛立ちと共にスマホのアラームを止めた。
……なんだろう、すごく長い夢を見ていたような気がする。内容はほとんど覚えてないけど、やたらと良い思いが出来ていたような、でも突然それが悪夢に変わったような……思い出そうとすればするほど、頭の中にモヤが掛かっていくような感覚がする。

「えーっと……まあいいや。それよりさっさとシコっておかなきゃ」

寝起きですっかりとそそり勃ったチンコに手を添えて、片方の手でスマホを持って日課のオナニーの準備をする。僕は昔からやたらと性欲が強く、こうして抜いておかないとムラムラして勉強に手が付かないほどだった。

「……ふひひっ♡やっぱり君島さんは最高だなぁ♡こんなエロい身体してるのに無防備だし、こんなのいくらでも盗撮しろって言ってるようなものじゃないかぁっ♡」

ここ最近、僕はクラスメイトである君島沙織さんのことを毎日のようにオナペットにしていた。彼女が僕の好みである巨乳美少女というのも理由の一つなのだが、どういうわけなのか彼女を想ってチンコを扱いていると、まるで本当に彼女を犯しているかのようなリアリティのある妄想が頭に浮かんでくるのだ。

「んお゛ぉぉっ♡♡♡♡射精すからね、沙織っ♡♡♡♡あたしの精液、全部受け止めて……うぅぅっ♡♡♡♡」

無我夢中になっていたせいで受け止めるティッシュを忘れてしまい、べちゃりと精液が壁にへばりつく。

「……あれ?なんで僕、自分のことをあたしなんて言ってたんだろう……まあいっか」

一瞬何かを思い出しそうになったものの、その感覚はすぐに消えていってしまう。
そのことに妙な不安感を覚えながらも、僕は遅刻寸前であることを思い出して急いで身支度を整えるのだった。

メス牡蠣さん宛の匿名メッセージ

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