肉体交換施策~『誰か』に改編された世界で、バスケ部男子高校生が爆乳AV女優と入れ替えられる話~

まえがき
武居出と申します。
今回は入れ替わりに際しての『今からどんな身体と入れ替えられてしまうのか』を見せつけられるところに重点を置いて書いてみました。ご感想お待ちしております。

 六月のじめっとした空気の中。
 俺……『佐々木憲一』は退屈な歴史の授業を聞きながら、大きなあくびを一つ漏らした。
 夏の大会で結果を出す必要こそあるが、推薦進学はほぼ決まったようなもの。それに向けても、こんな退屈な授業ではなく、さっさとバスケの練習がしたい。
 そんな気分のままちらり、と横を見ると、同じクラスにいる俺の彼女……『清澤玲奈』と視線がぶつかった。そのまま、玲奈が僅かにはにかんでくる。

 身長185cmの、バスケ選手としてはもう少し欲しい……が一般人としてみればそれなり以上に大きな俺と違って、玲奈の身長は160cmに僅かに足りないくらい。
 バスケ部のマネージャーで、腰まで伸びた黒髪の、大人しめの美少女だ。その玲奈と、先生が見ていない隙を見計らって小声で会話する。

「(憲一くん、退屈そうだね)」
「(まあ、実際に退屈だからな……。バスケ推薦がほぼ決まってる身としては、授業じゃなくて練習したいんだが)」
「(もう。あと二時間なんだから我慢しなよ)」

 何の変哲もない昼下がりの教室。昨日と同じように今日も過ぎて、大好きなバスケをやって。
 そして明日が来て、明後日が来て。俺は大会で活躍して、推薦を貰って。ゆくゆくはプロの選手になって――思っているような未来が来るのだと、その時までは考えていて。

「おい、邪魔するぞ」
「な……? いったい何の御用ですか!」
「安心してくれ。この教室に政府の肉体交換施策の対象となる『スワップターゲット』がいる、その人物を回収しに来ただけだ」
「……ああ! そういうことですか。これは失礼しました、どうぞ」

 だから、いきなり教室の扉が開いて……黒スーツの男が数人、教室に押し込んできたのも。
 半分ボケているような老人の歴史教師が、その黒スーツを阻むどころか教室へ招きいれたのも。
 その話を聞いていたはずのクラスメイト達のざわめきも、『なんだ、あれか』……くらいの雰囲気で流されてしまったのも。

 何もかもが、俺にとって違和感の塊だった。

「スワップターゲット……? なんだ、それ。玲奈、知ってるか?」
「え? それは知ってるけど……。というか憲一くんだって知ってるでしょ?」
「なんっ、あ……!?」

 瞬間、『それ』に関する知識が頭の中に流れ込む――いや、『頭の底から思い出される』。
 ……肉体交換施策、俗称はスワップ施策。読んで字の通り、対象となった二人の人間の人格を入れ替える処置と、それに関する施策。
 入れ替え対象は日本国内に滞在する人間から無作為に選ばれ、選出はおよそ数カ月から一年に一回程度。対象は入れ替わりを拒否することはできず、入れ替わったあとはお互いに『その人物』として扱われる。
 これには対象たちの社会的立場、職業、身分、住居、家族……のみならず、過去の経歴すら含まれ、ひとたび入れ替われば、以後は二度と元の人物としては扱われない……という施策。
 スワップ施策は十年や二十年程度ではなくもっと昔から行われており、それだけに噂の類も多い。
 『入れ替わりは優れた人格に優れた身体を宛がうために作為的に行われている』とか、『国民全員の全データを調査して入れ替わった方が良い二人をピックアップしている』とか。
 あるいは、『優れた人間と劣った人間をあえて入れ替えて、全国民を平均値に近づけようとしている』……とか、そんな噂だ。

「なんだ、これ……っ!?」

 そして……その『思い出した知識』は、どう考えても、どう思い出しても今朝までは俺の頭の中にも、この世界のどこにも存在していなくて。
 なのに周りの全員も、俺の頭の中も、誰かに書き換えられたかのような現実を平然と受け入れている。その奇妙さに、俺はどうしようもない恐怖を抱いた。

「それで、ええと……このクラスに選ばれた生徒がいるんですかね?」
「ええ。ああ、そこの席の――佐々木憲一。君が今回の『スワップターゲット』に選ばれた。同行してもらうぞ」
「え? ……は、ちょっと待て、いきなり言われてOKするはず――っ!?」

 スーツ姿の男たちは、俺が反論しようとするや否やいきなり俺の両腕を抱えて教室から連れ出そうとする。

「おい、ふざけんな……! 俺はそんなっ」
「おい佐々木、あんま冗談言ってんなよ。決まったんだろ? じゃあ行くしかねえじゃん」
「そうだよ憲一くん。選ばれちゃったのは寂しいけど……私のことは大丈夫、憲一くんも新しい人の身体で頑張ってね?」

 誰も彼も話が通じない。クラスメイト達も、玲奈も、俺が連れて行かれるのを当たり前のように捉えている。
 俺はそのまま教室から引き摺りだされ。がっしりと動きを封じられたまま、校舎の外、駐車場に連れて行かれて、そこに停められていた黒い車に乗せられる。

 そして――その時の俺はまだ理解していなかったが。俺は二度と、この校舎に戻ることも、クラスメイトの大半と再会することもなかった。


「では佐々木くん。交換施設までの道中でこれを観ておいてくれ。後ろのモニターに映し出す」
「……っ」
「それと、どうも君は他の対象者と違って緊張しているようだね。飲み物を用意してあるから飲んでくれ」

 走り出した車の中で、そう声を掛けられる。男たちは俺を後部座席に押し込むと、扉にロックを掛けた。
 こちらからそれを外すことは……できない。逃げ出す目途が立たず、自然、眉間に皺が寄る。
 ……さっきから、現実についていけていない。明らかにこの状況がおかしいと感じているが、いつの間にか頭の中に挿入されていた知識が『スワップ施策』は社会制度として確立している……と、主張している。
 そんな制度なんて聞いたこともないし、実例も見たこともない。それどころか、今朝までそんなものがある、とすら認識していなかったのにも関わらず。
 混乱したまま、渡されたプラスチックのコップを呷る。柑橘系のフレーバーの、ほんのりと甘い飲み物を呑み下すと、少しだけ落ち着いてくるような気がする。
 その間にも車は止まらない。俺の座らされた、上等な後部シートの前に取り付けられた大モニターに電源が入り、映像が流れ出し――

『あ、えーと……これもう撮ってるんだっけ? あ、ごめんごめん。じゃあもう話すね』
「……は?」

 ――そこに映ったのは、一人の女だった。
 肩口まで伸びた栗色の髪。歳の頃は俺よりも上、顔や目鼻立ち整っているが、少し濃いめのメイクを施しており、どことなく映像に撮られ慣れている雰囲気だ。
 しかし、それ以上に目立つのは……女の、ざっくり胸元の開いた、身体にフィットする素材の薄手のワンピースから覗く、とんでもない大きさの胸だった。まさに『水風船を膨らませたような』と形容できる、巨大な爆乳。女は、身じろぎするたびにどぷんッ♡ と揺れるそれを、重そうに机の上に乗せている。

『あー、えっとぉ……こんにちは? こんばんは? どっちか分かんないけど……あたしは優野あい――じゃなかった、そっちは芸名で、本名は西崎花子。27歳で、AV女優やってまーす』
「は……!? お、おい!! これ、俺……!?」

 ぞっ、と背筋が震え、その恐怖のままに俺は車の助手席の男に叫ぶ。対して男は、何も疑問に思っていない様子で言葉を返してくる。

「ええ、そうです。あなたの『スワップ・パートナー』はその西崎さんです」
「ふ……っ、ふざ、ふざけるな! 急にこんなこと言うどころか、相手は女で……AV女優!? そんなことが許され……」
「佐々木くん。話をするより、その動画を観ていて、内容を理解してください。それはわざわざ西崎さんがあなたのために撮ったものなんですから」

 反論しようにも、とりつく島もない。車のドアも厳重にロックされていて、前の席の男は俺と話をする気はないようだ。つまり……嫌でも、垂れ流される動画の内容が、避けようもなく俺に入ってくる。

『で、えっとなんだっけ……ああ、えーっと、あたしが憲一くんのスワップ・パートナーでーす。いやー、マジでこんなのに選ばれることあるんだね? フツー自分が肉体こー……あー、スワップ施策? の対象になるとか思わないじゃん。あたしも今朝この話聞いて驚いちゃった。にしても……』

 女……「西崎花子」は座りを直し、そのついでとばかりに自身の巨大な胸をぱんっ、とはたく。

『あと二週間で自分の身体ともお別れってなると……いやー、なんか信じられないよねー。そう思うと寂しく……は、あたしはなんないけど。そっちはなるかな?』
「……二週間?」
「西崎さんは仕事のご都合がありましたので、スケジュール調整も兼ねて二週間前にスワップ施策のことをお伝えしています。なので、これが撮られたのも二週間前ですね」

 動画では、女が撮影者から同様の指摘を受けている。

『憲一くん、当日までコレ知らないんだ。へー……ちょっとカワイソーだけど仕方ないよね。というかさ、コレ聞いた時はびっくりしたけど、あたし『憲一くんと入れ替わる』って聞かされてから、やりたいこと一杯出てきたんだよねー。……あ、あの紙持ってきてよ。プロフィールのやつ』

 動画の中では、すっ、と複数の紙束が机の上に置かれ、女……西崎花子はそれを覗き込む。それだけの動作で、机に置かれた巨大な爆乳が大きくたわみ、変形する。

『えーっと、佐々木憲一……そうそう、身長185cmで、結構イケメンじゃん。彼女もいんの? うわ、この子カワイー。んで……年齢は17歳。うわ、あたし10歳も若返るの? めっちゃ得した気分……憲一くんは一気に27のオンナになるわけだし、違うかもだけど』

 淫靡な大人の色香、とでも形容すれば良いのだろうか。そんな気配を漂わせて楽しげに目を細める彼女は、ぺろりと唇を舐めた後、手元の紙に目を落とす。

『で、バスケ部のエースで、特待まで決まってるとか。いやー凄いねえ。あたしなんて身長160無いくらいだよ? そのくせ胸ばっかりデカくなってさ。デカいショッピングモールの棚とかだと、一番上には手を伸ばしても届かないとこもあるし……だいたいの人があたしより背が高いしね。だから憲一くんの身体になるのは楽しみだなー、人混みの中とかでも全然周りが分かるんでしょ?』

 逆に、と西崎は一呼吸置いて、ペットボトルの水を飲み下す。ただそれだけの動作で、画面のおよそ半分を占有する女の爆乳がたぽん♡と揺れる。

『憲一くんのほうは苦労するっつーか、違和感スゴいかもね。子どものころに戻ったみたいな感じじゃない? 今のうちに今の身体の感覚というか、背の高さ? 満喫しておいた方がいいよー。入れ替わったらそんな贅沢できなくなるんだからさ』

 言っている……言われている言葉の意味は理解できる。けれど、それを頭が受け入れない。小さくなる? 身長が? それを聞いて、俺の頭に過ったのは、身長が下がるとバスケで不利になる――なんて、的外れ。それどころか、今後一切心配する必要のないような、そんなことだった。

『……あ、贅沢といえばさ。憲一くん、ダンクできるんだって? 思いっきりジャンプしてゴールに入れるやつ。あたしアレやってみたいんだよね! ほら、あたしの身体でジャンプとか出来るワケないからさ。見せたげよっか?』

 西崎花子はその場で、椅子に座ったまま軽く腰を浮かせ、上体を軽く跳ねさせる。ただそれだけの軽い動作で、彼女の胸についている巨大な脂肪がどぷんッ♡ と跳ねまわり、ばちゅんッ♡という鈍い肉音を立ててテーブルの上に叩きつけられる。

『ッ痛てて……ほら、こんな感じ。歩くだけでどぷどぷ揺れる、こんなデカ乳抱えてダンクシュートどころかジャンプも出来ねーって感じ。まあその分、憲一くんは二度とダンク……というか、バスケ自体出来なくなるし、それはちょっとカワイソーだと思うけど。その分、このバスケのボールよりデカいあたしの爆乳あげるわけだしオアイコ的な? それより、その身体をそこまで育ててくれてありがとーって感じかな。大切にするねー』

 ふざけるな、と怒りのままに立ち上がろうとして……どうにか我慢し、グラスを傾けて喉を湿らせる。
 車のドアがロックされている以上、逃げ出すことも出来ない。出来るとすれば、目的地に着いた後に逃亡……だろうか。警戒されるようなことは避けた方が良いかもしれない。

『あ、バスケ……というか運動全般? 今のうちにやっといた方がいいよ。もうすぐ憲一くん、っていうかあたしになった憲一くんは、憲一くんになったあたしがその身体でスポーツしてるの観戦するしか出来なくなるしね。いや、マジで……ほら』

 画面の中の西崎花子は、両肘でその爆乳を挟み上げ、これ見よがしに縦に揺する。画面越しにでもずしんっ♡と重さが伝わってきそうな爆乳を、見せつけられる。

『あたしのおっぱい、片方でもあたしの頭よりデカいんだよね。憲一くんみたいな上半身も鍛えてる男から、こーんな爆乳女になるんだからスワップ施策ってほんとヤバいよね。ま、あたしは逆にこのデカいおっぱいとおさらばできるんだけどさ』

 画面の中の西崎は、話しているうちに興が乗ってきたのか少しずつ饒舌になる。顔に喜悦と、僅かな嗜虐心が浮かんでいるのが分かる。

『どんな気持ちか聞いてみたいわー。あたしの……いや、あんたの爆乳? Pカップ。おっぱいの『P』って覚えたら分かりやすいわよ。んで、サイズは……バスト130cmに育ったんだっけ? そんくらいデカいの。しかも形もキレーでしょ? こんだけデカくてキレーな爆乳してるAV女優なんて他にいないからさ、わりとそっち方面だと引っ張りダコなのよあたし……ま、あたし自身は昔っから胸の小さい子が羨ましかったんだけどね』

 分かるでしょ? と、西崎花子はその両手で自身の爆乳を鷲掴み、カメラに近付ける。思わず目を奪われてしまうほどの大きさのそれは――俺が、俺の人格が入れられる身体に備わっているものだ。

『子どもの頃から年齢以上におっぱいがデカくてさ。着れる服は少ないし、ブラの種類もないし、そもそも走ったり跳んだり出来ないし。あと……あたしさっきから、あーとかうーとか言うじゃない。栄養がぜーんぶこのおっぱいに吸われてるのか知らないけど、ずーっと頭の回転もトロくて、いつも悶々としてて、ちゃんとモノが考えられなくてさ。あ、そう言う意味でもちゃんとした身体とすっきりした頭になれるのは……あはっ、楽しみかな』

 そこまで言われてはっとする。この女の言う通りなら、入れ替わったとしたら俺が……その、『回転の遅い頭』のエロ女に、なる。させられる。
 俺の腹にずん、と落ちているこの冷たい感触が怒りではなく絶望であると、俺は今初めて正確に理解した。

『オトコに、憲一くんの身体に入れ替わったらさ。やりたい事もいろいろ思いつくけど、それ以前に『もう気にしなくていいこと』がいっぱいあるんだよね。例えばさっきのブラなんかも、種類を気にするどころかもう付けなくていい。なんなら上裸でもいいんでしょ? マジでヤバいよね……で。逆にあんたはそうじゃなくなる。あんたがあたしの身体に入れ替わる……西崎花子、AV女優の優野あいになる。そしたらあんたは女になる。年がら年中、クソ暑い時でもずっと、ブラで爆乳を覆ってないといけなくなる。こんな風にね?』

 画面の中の西崎花子の顔にはいつの間にか、隠しきれないほどの嗜虐心に溢れた笑みが浮かんでいる。そしてその笑みをそのままに、花子はおもむろに……服の裾を掴み、『女脱ぎ』で服を脱いだ。
 裾に引っかかった爆乳がぐいっ、と持ち上がり……だぽんッ♡ という音が聞こえてきそうなほど、大きく跳ね、テーブルの上に広げられる。

『これからは、あんたがあたしの代わりにこの爆乳を胸にぶら下げて、それをブラで吊り下げて生きることになる。邪魔くさいし蒸れるし、ちょっとしたことでばるんばるん揺れる。手で片方ずつおっぱいを抱えて持ち上げて、カップの中に押し込まないといけない。下から支えて、谷間を寄せて、ぎゅっと上げて。ぎっちり背中で固定して……それでも、前屈みになったら浮くし、階段とか降りたらめちゃくちゃ跳ねるし、オトコにいちいち視姦されるし。で、それを一日何時間もずーっとやらなきゃいけない』

 そのドレスの下。西崎花子の、130cmのPカップの爆乳は、エロティックな黒のレースのブラジャーに包まれていた。ただでさえとんでもない大きさの肉の塊が、ブラジャーによって形を整えられ、オトコの目を惹きつける装飾をされて、そこに鎮座している。

『あ、これはマジで忠告しておくから信じてほしいんだけど、いくらキツくてもブラはつけた方がいいよ。あたしの――あんたの爆乳、めちゃくちゃ重いからブラ無しだと歩いててもバランス崩れるし、揺れたら付け根とか引っ張られて痛いし。あとは、やっぱそんなクソ重い爆乳をずっとぶら下げてるわけだし? ブラ使って肩で重さ支えないと腰とかにクるよ――そう考えると、あと二週間であたしもこの爆乳とバイバイ出来るのか。楽しみだなあ……♪』

 瞬間、車のカーナビから軽快な音が鳴った。目的地までの道のりが半分を切ったことを示す音だ。
 俺は、西崎花子が『楽しみ』と称したその『終わり』が、ひしひしと近付いていることを自覚し、震える。

『え、もうちょいで時間? んー……じゃあもうちょい忠告。あんた、あたしの身体になったらスポーツなんて一つも出来なくなるのは分かるでしょ? その中でいちばんの論外は水泳だ、って教えといてあげる。なんでかって? 水着がないからよ』

 あれ持ってきて、と西崎が言い、画面の外から布の切れ端が届けられる。それがカメラの前に広げられ、俺はようやくそれがビキニ水着であると認識した。西崎はそれを引き延ばし、自身の胸に当ててみせる。

『これが普通の……Eカップのビキニね。当ててみたら分かるでしょ? あたしとか……あんたの規格外の爆乳に合うサイズのビキニなんてないし、他の水着なんて言わずもがなよね。これは撮影の時に無理やり着せられたやつだけど、ほっとんど乳首くらいしか隠れなかったわ。……あ、それがコレね。あたしの……いや、あんたの出演作品になるんだし、おいおい覚えなさいよ?』

 西崎花子の爆乳の前に、安っぽいプラスチック製のDVDケースが置かれる。タイトルは――【Pカップ129cm! 超乳グラマー優野あい乳肉ハミ出しビキニ】。
 画面に映っている女が、小さなビキニだけを身につけて、挑発的な表情でパッケージに表示されたそれ。誰が見てもAVだと分かる……そこにプリントされている女に、俺がなる? 入れ替えられて、身体を、未来を盗られる?

「っ……ぁあ、ふざけるなっ!? 車を止めろ、やめろ降ろせ、帰してくれ!!」
「佐々木くん、これは政策で決まったことですよ。我々は当然ですが、クラスメイトたちも、先生方も、みんな理解していることです。君だって理解しているでしょう?」

 ……助手席の男の言う通り、俺の頭の中にはその知識がいつのまにか入れられている。肉体交換施策――通称スワップ施策の対象者として選ばれた場合、肉体交換をするのが当たり前である、と。
 いつ、どこでそう決まったのかも分からない、意識もしていない。けれどいつの間にか、そう変えられていた『常識』が、俺の頭の中で主張している……選ばれたのだから、俺はこのAV女優と身体を、立場を、未来を、人生を入れ替えるのが当たり前だし、そうしなければならないと。
 それをおかしいと理解できているのは俺だけ。そしてその俺ですらも、おかしいという自覚と当たり前だという常識がぶつかり合っている。

『ブラだってコレ、特注だしねえ。あ、あたしが持ってるブラはあたしの好みで揃えたやつだし、あんたはあんたで好きなの買いなよ? ただ、フツーの店じゃ売ってないから……あたしが特注で出してる店はメモって置いておいてあげる。あんたもあたしになるんだし、あたしとして注文かけることになるのは一緒だしね』

 ぴんぽんぱんぽん、と電子音。続いて、「目的地周辺です」、という無機質なアナウンス。

『いやー、楽しみというかワクワクするわ。20年以上ずーっと、このデカ乳ぶら下げて生きてきたからねえ。コレがない人生なんて想像も出来ないのよね。逆に……憲一くんはリハーサルでもしておいたら? 水風船買ってきて胸につけるとか。いきなりあたしの身体になったら苦労するわよ?』
『……西崎様。このビデオが佐々木様に渡されるのは当日ですので……』
『あ、そっか。練習もできないんだ、カワイソー』

 西崎花子が自分の胸を平手ではたく、ぱちゅん、ぱちゅん、という音をバックに、俺を閉じ込めている車の速度が徐々に下がってゆく。窓の外はどこぞの施設の敷地内になっていて、車は地下の駐車場へ入ってゆく。

『えっとー……何言ったっけ。いろいろ言ったけど、だいたいあたしの身体の愚痴みたいなもんになっちゃったわね。ゴメンね? でも、二週間後にはそーいうのとはあたしは関係なくなる。で、その愚痴とか、身体の問題は全部あんたのもんになる。あんたが『西崎花子』に、あたしが『佐々木憲一』になるんだから』

 車は深く深くスロープを降り、分厚い鋼鉄のシャッターの前に停車した。運転手が守衛と思しき誰かと言葉を交わし、シャッターが開き……俺は車からも降りられないまま、それ以上に逃げ場のないところへ運ばれてゆく。
 本能が警鐘を鳴らす。危険を感じたそのままに、形振り構わず車の扉を蹴り、窓を破ろうとして……手足に、力が入らないことに気付く。

「ぅ、あ……っ!?」
「佐々木様のような肉体交換施策に拒否を示す方々には、逃亡等を阻止するための投薬が許可されています。後ほど承認書に署名をお願いいたします」
「そんな、ことが許されて……!!」

 逃げられない。手も脚も思ったように動かない。その場に縛り付けられたように動けないまま、映像は止まらずに流れ続ける。

『あ、そう! 問題っつったらやっぱ性別よね。あたしは憲一くんになって、チンコがついた身体になる。その身体ならこれ以上胸がデカくなることもないし、生理もない。いくらヤっても妊娠もしない。トイレも立ってできるし、終わった後にマンコを拭かなくてもいいようになる。……男のセックスってどんな感じなんだろ。女のは嫌ってほどヤったから分かるけど……ねえ政府の人、佐々木くんって童貞?』
『いえ、政府による肉体交換前の調査によると、彼女である清澤様との性行為経験があるようですね。そう回数は多くないようですが』
『へー……。あ、入れ替わったらあたしがその子とヤっていいの?』
『勿論です、西崎様。肉体交換施策の完了後は、あなたが物理的に、そして社会的に佐々木様になります。必然的に佐々木様の彼女はあなたの彼女となる訳です。ただし、肉体交換の後であっても同意のない強制的な性行為は法律違反となりますのでご注意ください』
『そこは当然として……えへっ、じゃあこの子……清澤玲奈ちゃん? にヤらせてもらお。今の憲一くんとあたしと、どっちが気持ちよかったかとかも聞こっかなー』

 ――俺の背後で、シャッターが閉じた。がしゃん、と重苦しいロックの音がする。俺の身体には力が入らないにも関わらず、この車はゆっくりとした速度で進み続ける。俺を決して逃さない、とでも言うように。

『っと、妄想しちゃってたけど……あたしの身体になるあんたは真逆ね。チンコが無くなってワレメになる。新品じゃなくて、AV女優の優野あいとしてかなりヤってるからそれなり使われてるマンコだけど……その分色んなサイズが入るし、入れられるのは気持ちいいから安心してよ。あ、入れるって言えばタンポンもね。あたしが買ったのまだ部屋にあるし、生理の時はあんたもそれ使ったら?』

 それが女性の生理用品であることは分かる。けれど、それを俺が使わないといけない……俺が、俺のものになる女性器に、自分でそれを挿入しなければならなくなることに、理解が追いつかない。

『あと言わないといけないのは……ああ、あたしの身体ってバカだから、まだ胸はデカくなるかも。覚悟しといて。それ以外だと、撮影とかで生で膣内射精とかされた時は妊娠するかもしれないからピルは飲むこと。トイレは座ってしないとダメだし……いや、そもそも立ってやろうとしても下が見えないわ。おっぱいがデカすぎてね』

 車のロックが解除され、ドアが自動で開く。同時に、まるで測ったかのように、映像は最後を迎える。

『ま、あんたはこれからそんな身体の女になるの。だからそうね……今のうちに男の身体でオナったり、シゴいたりしておいた方がいいわよ? ま、あんたには当日まで伝わらないけどあえて言っておくわ――あたしに、西崎花子に、AV女優の優野あいになったら、メスのオナニーしかできなくなるし、ココにチンコぶち込まれる側になるんだから、今のうちに男として楽しんでおいた方がいいよ? あたしからはそれだけ。じゃ、また当日ね』

 ドアが開いてなお、俺は車から出ない……出られない。現実感がないのに、自分が「詰んでいる」ことだけを嫌というほど実感させられてる。薬のせいで、手足が冷たく力が入らない。
 始めからそうするつもりだったのか、運転手と助手席の男……スーツの二人が俺の両手を持って車から引き摺り出し、俺を車椅子に座らせた。
 俺はそのまま運ばれて……長い通路の奥の、扉の向こう。手回しハンドルの重い扉が開く。
 そこには、身の丈以上の物々しい機械と、いくつものケーブルが接続された椅子と電極、ヘッドギアのような装置。
 部屋の隅には折り畳みのテーブルがいくつかと、椅子。そしてそこに――

「お、やっと来たねー。はじめましてで良いかな? あたしの撮ったビデオ見てくれたよね」

 テーブルに乗せていた胸を抱えて、こちらを振り向いた女。
 栗色の、肩口までの髪。垂れ目がちだが丸く大きな目、すっと通った鼻筋、ぷるんと柔らかそうな肉厚の唇、そしてそれらのバランスの取れた、実際に見るとより整って見える顔。
 その顔よりも大きな双丘は胸元を開けっぴろげにしたワンピースから晒されており、その半分は丸見えの黒いブラジャーに覆われている。
 映像に映っていなかった下半身もむっちりと肉付きが良い。尻は胸ほどでは無いが大きく、ぴっちりと肌に貼り付くワンピースの上からでもその柔らかそうなシルエットが見て取れる。
 短い裾から伸びる太腿、脹脛はぷるぷると肉を震わせており、指が沈み込みそうなほど柔らかいラインをしている。
 そして腰は細い。しかしその細さ以上に、爆乳と巨尻との対比からより細く見えてしまう。

 そんな、全身から淫靡な色香を放つ女体……西崎花子。実物で見ても整った顔をニヤニヤと歪め、そのダイナミックな爆乳をばるんッ♡ と揺らしながら、彼女は立ち上がった。

「ってあれ、調子悪いの? 参ったな、あたしが入れ替わった後もしんどくなるじゃん」
「いや、彼は肉体交換施策に拒否感を示したため、投薬をしているだけだ。肉体交換後に別の薬を飲めば問題はない」
「ええと……前は数年前の女子大生でしたっけ。泣き叫んでましたよね」
「ああ、だがそれ以来無かった。数年に一度、くらいの割合だな」
「へー……。ま、気持ちは分からなくもないけどね」

 西崎花子が身体を俺の前に寄せ、顔を近づけて来る。ただそれだけの動作なのに、彼女のぶら下がった爆乳は俺の身体に触れる……そのくらい大きなモノなのだと見せつけられる。

「こんな割りかしイケメンで、スポーツ万能で背も高くて勝ち組〜って感じの男の子があたしの身体と入れ替えられるとか、そりゃショック受けるもん。ま、あんたが下がる分、あたしは上がるんだけど……で、体調とか問題ないのよね? じゃあさっさと入れ替えてよ」

 それだけ言うと、西崎花子はさっさとケーブル付きの椅子に座り、全身に装置を取り付けられてゆく。拒む様子はなく、それどころか周りの研究者らしき人たちを急かしている様子だ。
 そして……その研究者たちは、俺をも同じように、その装置に座らせようとする。

「やめっ……やめろ、待ってくれ!? 頼む、嫌だ、俺は……っ」
「あなたもご存知の通り、肉体交換施策の対象に選ばれた場合、拒否などはできません。……ああ、忘れていました。同意書にサインをお願いします」

 俺の身体に電極装置を取り付けながら、研究者の一人はバインダーに挟まれた一枚の書類を差し出してきた。「肉体交換施策同意書」と書かれたそれを、俺は突き返す。

「ふざけるな! 誰がそんなものにサインなんて――」
「ではサインは後ほどで結構です。また後でご依頼しますね」
「――は?」
「では、準備が出来ましたので装置を起動します。少し苦しいのと、意識が浮かび上がるような感覚がしますが、そういう装置ですので気にしないでください。また、身体が揺れないよう、安全のために佐々木様のほうは手足を拘束させていただきます」

 かしょん、という軽い音とともに、手足が錠のようなもので固定される。
 文句を言う間もなく、俺たちの背後にある装置が、ごうん、ごうん、と音を立てて起動し、唸りを上げてゆく。
 
「待っ――」

 ばちり、という電気の痛み。頭の中がかき混ぜられたような、船酔いのような気持ち悪さ。ぐるぐると視界が回り……ふっ、と浮かび上がるような感覚とともに、痛みも気持ち悪さも、そして全身の感覚も全てが消え――ただ奇妙な軽さと、底冷えのするような冷たさだけを感じる。
 その浮かんだ『俺』が、強い力で引き摺られてゆく。足元にあった熱の塊から、少し遠くの熱の塊へ。『俺』はその塊の中に、ずぶずぶと沈められ、少しずつ『肉体』を感じるようになる――多大な、致命的な違和感と共に。

 戻ってきた感覚は、どこもかしこもおかしい。手にも足にも力はなく、記憶にあるものより弱々しい。身じろぎをしようにも、力が入らない。
 そのまま、下から少しずつ感覚が蘇ってくる。尻は、柔らかい肉がぐにゃりと広がって椅子に押し付けられている。力の入らない脚は、けれど肉がついていて柔らかく、太もも同士がむにゅりと接触していて……そして、その間にあるはずのモノがない。それを意識した瞬間、下腹の奥、身体の内側がきゅん、と疼く感覚がする。
 腰や胴体、腹は細く、ぷにぷにと柔らかい。腰……背中の筋肉は疲労しているような、軽い筋肉痛のような感じがする。
 そして、胴体の上側――爆乳のところまで感覚が『戻った』瞬間、俺はとてつもない重量を実感した。
 身体が常に前に引っ張られているような感覚。ぱんぱんに張り詰めた水風船のような、としか形容のできない肉の玉、そこに神経が通っていて、触覚があって。先端がぷっくりと膨れていることも、爆乳が布地――ブラジャーに包まれて、ホールドされていることも。息を吸うだけでぷるぷると……いや、ばるんばるんとそれが揺れていることも、ブラ紐がその重さを肩に乗せていることも、腰の疲れがこの爆乳のせいだということも。すべて、自分の身体のこととして実感してしまう。
 あまりに重すぎて、身体を前に倒してしまう。けれど倒し切っていないにも関わらず、膝の上に肉の塊……爆乳が乗り、潰れ、ぴりっとした甘い痒みが胸の先端に走る。

「んあっ♡ はっ、はっ……この、声……」

 頭の先にまで感覚が戻る。息を止めていたような、胸の詰まる感覚がして、大きく深呼吸すれば……細い喉から漏れる声は、どこか艶のある女の声。それが自分の喉から出て、自分の耳に届く。
 思わず手を動かす。拘束されていたはずの手はいつの間にか外れて――否、『この身体』の手足は拘束されておらず。動かした、小さな手と細い指はつるりとした細い喉に触れ……る前に、肘が爆乳をむにっ♡と圧迫し、動きを妨げる。

「ぅあ、重っ……それに、なんか、変っ……」
「お、おお!? おおおっ!?!? うわ、マジであたしの身体、男になってる! 研究者さん、これ外してよ!」

 視界の端で背の高い男が立ち上がり、薬を飲まされ、そして自分の身体をぺたぺたと触っている。対して、この……俺の身体は重く、全身に疲れがずしんと伸し掛かっているような感覚。息を整えようと下を向くと……視界いっぱいに、ばつん♡と膨れた肌色と、その間に刻まれた深い谷間が目に入る。

「お、俺、本当に……」
「どう? その身体。入れ替わって初めて分かったけど、やっぱ若いって良いわねー。身体が軽い軽い!」

 声をかけられ、顔を上げる――見上げると、そこにニヤニヤと見覚えのある表情で笑う『俺』の顔があった。

「あたしの……西崎花子の身体、重いっしょ? この憲一くんの身体からそっちに入れ替わったんなら尚更ね……そ、れ、に♪」

 俺……の身体に入れ替わったそいつ。俺になった西崎花子はおもむろに手を伸ばし――俺の胸の先端を摘み、きゅっ♡ と抓り上げた。

「ぁうんっ♡ ……!?」
「ひひ、あたしってさっきまでこの肉体交換のこと考えてめっちゃ興奮してたんだよねー。だからほら、あたしの……あんたの乳首とかビンビンだし、下もぐしょぐしょなん――だッ♪」
「お゛、っひぃっ♡♡」

 ブラ越し、ドレスの上から硬く屹立した乳首をぴんっ♡と弾かれ、そのまま手を股間に差し入れられる。無遠慮に下着の中に差し込まれた指が既にぬるぬるになっていた股間の……俺の、ワレメに突っ込まれ、膣内を掻き混ぜられ、ぐちゅちゅっ、という鈍い水音が耳に響く。全身が勝手にびくびくっ♡ と痙攣し、脚がぴん、と浮き上がってしまう。
 何かを言おうと口を開くが、頭はうまく働かず。漏れ出るのは鼻に掛かった甘い声だけだった。

「ほーら、これがあんたの新しいおまんこ。これからあんたは一生、ここに男のモノをぶち込まれてあんあん喘ぐ女として生きるんだ。その感度のいい爆乳をゆさゆさ揺らしながらね♡」
「佐々木様。あまり過剰な行為はご遠慮ください。また、先ほど後回しにされましたこちらの同意書にサインをお願いいたします」
「ん、あたし? ……いや、そうよねえ。もうあたしが『佐々木憲一』くんなんだもんねえ……じゃ、それ貸して?」

 膣内を掻き回された余韻で腰を震わせているうちに、俺になった西崎花子は渡された書類にさらさらと文字を書いてゆく。ちらりと見えたのは、先ほど俺が突き返した『肉体交換同意書』。

「確かに。ありがとうございます、これで肉体交換に関するお二方の同意が得られましたので、肉体交換は成立とさせていただきます」
「ぁ、は……はぁっ、は、ぁ……ま、待て……お、俺、サインなんて……」
「西崎様は肉体交換処置前にサインを頂いておりますので、再度の署名は結構でございます」

 差し出されたそれは、俺が書いたわけではない筆跡で記された、俺のものではない名前が書かれた書類。それが……『西崎花子』という署名が俺のものとして扱われ、俺が肉体交換に同意したことにされる。あまりの理不尽さに、何度目かも分からない絶望を感じる。

「それでは、後は我々がお二方をご自宅まで移送いたします。佐々木様は肉体交換や薬の影響などございますでしょうか?」
「ん、いや大丈夫ー。案内に着いてったら良いんだよね?」
「はい。それでは車まで案内いたします」

 『俺』……俺の身体、生まれてからずっと生きてきた身体が俺から離れてゆく。その中に入って、『佐々木憲一』になった女が、『西崎花子』になった俺へちらりと振り返り、口端を歪めてひらひらと手を振った。

「ぃ、や、待っ……あうっ!? んんっっ♡」

 追い縋ろうと、座ったままだった装置から立ち上がり、駆け出そうとして……意識に身体がついて行かず、脚がもつれて床に倒れ込む。馬鹿でかい乳がばるんっ♡と弾み、床と身体の間でクッション代わりにひしゃげ、乳の先端から走った快感が背筋を走る。

「あはは、だから言ったじゃん。その身体で運動なんか無理だって。これからは走る時、ちゃーんと両手でおっぱい抱えて走らないとね。……いやあ、実際に外から見てみると、『どうしようもない』って分かっちゃうのね――じゃあね。元・あたし。あ、あんたのAVはオカズにさせてもらうわね♡」

 がしゃん。無慈悲な音を立てて、『俺』は鉄扉の向こうへきえていった。俺は床に這いつくばったまま、はぁ、はぁ、と息を荒げる。立ち上がろうにもこの女の身体はあまりにも重く、貧弱で、動かしづらい。結局俺は、『俺』を送って行ったであろう男が戻ってくるまで、立ち上がれすらしなかった。

「お待たせいたしました、西崎様。西崎様の方は……肉体交換の影響がかなり大きく出ておられるようですね」
「んっ、ぁ……、あー、え、影響……?」
「はい。筋力や身体のバランスなどが今までと大きく異なる身体に入れ替わった上で、その身体の運動神経や思考能力が悪かった場合、身体が思うように動かせなくなるのです」

 言われてようやく、思うように頭が働いていないと言うことを自覚できた。頭がぼんやりとしていて、思考がまとまらない。今言われたことを理解しようとしても、意識が他のことに……専ら、重すぎる上にじんじんと疼いて存在を主張する爆乳に意識を奪われる。

「……聞いておられますか、西崎様?」
「ぅえっ!? あ、えーっと……あー、なんでしたっけ、すいません……」
「いいえ、お気になさらず。西崎様の思考能力でしたら仕方ありませんし、入れ替わる前からそうでしたから。……さて、もう一度、簡単にお伝えいたします。こちらの車椅子にお乗りください」
「あ、はい」

 肩を支えてもらい、腕を引いてもらって車椅子に腰掛ける。ここへ連れてこられた時に乗せられたものと同じだが、一回り大きくなったように感じる――実際には、俺が小さくなっているのだろうけど。
 そのまま廊下を押し運ばれ、半ば抱えられるように車の後部座席に押し込まれた。
 車はゆっくりと走り出し、地上に出る。体感ではすぐだったのだが、入れ替わりの後にかなり時間が経っていたようで辺りは薄暗く陽が落ちている。
 思考がまとまらず、疼き続けている下腹……子宮に気を取られたままぼーっと窓の外を眺めていると、不意に声が掛かる。行きとは違って、運転手は俺に色々と説明をしてくれた男だ。

「身体のほうはともかく、思考のほうは西崎様の脳に馴染んでこられたようですね」
「え? えっと……どういうことですか?」
「はい。西崎様の脳は、肉体交換前の西崎様自身が仰っておられました通り、平易に言えば『回転の遅い』『性欲に流されやすい』『深く考えられない』ものとなっております。その脳を使っているからでしょう、肉体交換直後はあれだけ取り乱しておられたにも関わらず、今は大人しくなっておられますよ」
「えっ、あっ……」

 指摘されて、初めて気がついた。俺の……人格? 記憶? は、変わらずほじされている。その中に、入れ替えられてこの女になったことへの絶望もある。この身体に対する忌避感も、これからどうやって生きていくべきかへの悲観も。
 ただ、それで暴れたり、叫んだり。そうしようという風に頭が回らない。

「察するに、おそらく西崎様は西崎様の身体になったショックや、その身体での生活の展望などに不安や怒りを覚えているでしょう。ですが西崎様の脳は、それを踏まえてどうするか、ということを考えられないのです。そんな事よりも目先のことに気が行ってしまう……例えば今、見ておられる風景とか。あなた、西崎花子様は、そういう人物であり。その身体に入れ替わったあなたは、その脳で思考するしかないのです」

 突きつけられた事実に、かあっと怒りが浮かんでくるのが分かる。ただ、それは事実を指摘されたからとか、図星だからとかではなく、『何となく馬鹿にされたように感じたから』。ただ、目先の感情に怒りが煽られ……それを理解してしまい、口を噤んでしまう。

「身体のほうはケースによりますが、ご自宅まで到着される頃には身体を動かす分には問題なくなっていることがほとんどです――あくまで西崎様として、のレベルですが。運動能力、思考能力、そのどちらも、西崎様が入れ替わる前に可能だったように、あなたもなるでしょう。……さて、そろそろ到着しますよ」

 車が停まった先は、幹線道路から脇道に入って進んだ先、ごみごみとした街の一角にある小さなアパート。
 間違っても、ここは俺……『佐々木憲一』が住んでいた家ではなく。『西崎花子』、この身体が暮らしている、狭く古いアパートだ。

「こちらの二階の奥の部屋が西崎様のご自宅となっております」
「う、あ……えーっと、鍵は……あれ、どこにあるんだろ……」
「鍵はそちらの、西崎様の尻ポケットに差し込まれた財布の中にございます。それでは――西崎様。今後も良い人生をお過ごしください」

 男は、俺を一人取り残して去っていく。抵抗も拒否も、何をすることも出来ず、俺は身体と未来と、人生すべてを奪われて……爆乳AV女優の身体と立場で、その人生を押し付けられて、ただ立ち尽くし。
 呆然としたまま、思考も巡らず。ただこの押し付けられた脳が問題を先送りにしようとして、俺の……そう、俺の身体はそれに従った。

「は、ははっ……」

 屋外階段を登るたびに、爆乳がぷるん、ばるん、と跳ねる。体重は前の身体よりも軽いはずなのに、前の身体よりも力を入れないと身体を持ち上げられない。
 のろのろと身体を引き摺り、示された『俺の家』の扉を開き……、

「……なんだ、これ」

 狭いワンルームの部屋。床に散らばった女物の服、パンティ、ブラジャー。
 ベッドの上のシーツは乱れに乱れており、そこから手が届くローテーブルの上には酒の空き缶と、その真横にはどぎついピンク色の太いバイブが転がっている。
 『俺』の知識にはない、しかしこの身体が住み慣れてリラックスする反応を示す、知らない場所。
 扉を開けたまま立ち尽くす――俺の肩に、いきなり手が置かれた。

「ひうっ!?」
「お、時間通りだな。よーし、じゃあちゃっちゃと始めるぞー」

 声をかけてきたのは中年の男。男は俺の尻へ手を回しながら、俺を部屋の中へと押し込む。

「あっ、あ、あの、おまっ、誰……」
「ん? ああ、優野が言ってたみたいにスワップ施策が終わったのか。話は前の優野から聞いてるんだろ? 俺はお前が契約してる撮影会社の監督。で、こっちはカメラマンとか男優とかだ。ちゃんと注文通り、お前とヤったことのある奴を呼んできたぞ」
「えっ、えっ?」
「よーしカメラ回せ!」

 俺は監督? の後ろから現れた大きな男に肩を押され、部屋の中へ押し込まれる。見たこともない風景なのに、何故かこの部屋の匂いに身体が落ち着いてゆく。
 瞬間、ぴっ、という電子音が鳴る。振り向くと、上等そうな大きなカメラを構えた男が、それを俺と男に向けていた。

「ちょっ、ちょっと待ってくれ! なっ、えっ、あー……何がどうなってるんだ!?」
「何、って撮影だよ。優野が売り込んで来たんだろ? 『AV業界でスワップ施策の対象になった奴なんていないから、それピックしたら売れるんじゃない?』ってさ」
「は、はぁっ!? それっ、違っ……お゛っっ♡」

 男は慣れた手つきで俺の身体に手を回し、服の下に手を入れる。ブラの横から手を突っ込み、乳首を手のひらで捏ねくり回してくる。

「まあ前のお前から聞いてなけりゃ初耳だろうが、こっちは契約までして、ギャラも払ってる訳だ。企画も打ってあるし、撮って売らなきゃ困るんだわ」
「んぃい゛っっ♡ そっ、そんなのっ、知らにゃ……あ゛ひぃっっ♡♡」

 乳首を弄られたまま尻を叩かれ、鏡の前へ歩かされる。服の結び目をするすると解かれ、剥ぎ取られ。鏡に映る、腰砕けになった爆乳の女……俺の背に手が回され、ブラの留め具が容易く外される。
 瞬間、胸の締め付けが緩み、開放感と……放り出された両乳が、身体の震えに合わせて好き放題に揺れる感覚。
 耐える間も無くブラが奪われる。晒された爆乳は、下着で形を整えずとも見事な張りと谷間をしており、しかし乳輪と乳首は乳房のサイズ相応に巨大で。
 その、広口ペットボトルの蓋くらいに肥大した乳首を男の手指全体で覆われ、摘まれ、抓られ。鏡の中の女が喘ぎ、悶えるのと同時に俺自身が快楽に震え、喘ぎ、その爆乳を無様に揺らし。
 どうしようもなく、そのデカ乳女が『俺』なのだと理解させられる。

「知らないとかじゃなくてな。お前が『優野あい』の身体で生きることになったんだから、『優野あい』が結んだ契約をお前が守るのは当たり前だろ? でもま、胸の感度も下の具合も、身体も立場も一緒なんだ。ギャラもベテラン並みのままだし、構わねえだろ?」
「あ゛っ、いやっ♡ いやだっ♡ いや、あ゛っ♡」

 自然と腰を突き出して、鏡の端へ手をついて身体を前傾にしてしまう。口を半開きにして涎を垂らし、重力に引っ張られた乳を前後に揺らし。男の方へ突き出した尻をくねらせ、するするとレースのパンティーを下ろされ、けれど抵抗できない『優野あい』の姿がカメラに収められる。

「お゛っっっ♡♡ そこっ゛、やめぇっ♡」

 ワレメに突っ込まれた男の指が、ぐぢゅぢゅっ♡ と俺の膣中を掻き混ぜる。ぼたっ、と垂れた愛液が、床にずり落ちたパンティーの上へ滴る。

「それにその男優も、一個前の撮影……『超乳淫乱人妻3』でお前の旦那役だった男だしな。良かったって言ってたし、いつも通りバカになるまでイかせて貰え」
「イっ♡♡ お゛っっ♡♡」
「……つーか監督、そういうの言って良い感じスか? いまカメラ回ってると思うんスけど」
「家まで押し掛けるのも、何も分かってないあいをいきなりヤるのも、全部含めての企画だからな。とは言え、そろそろ本番の方がいい。頼むわ」
「了解っす。じゃ、あいちゃん。ベッド行こっか」

 既に腰がガクついている俺は、いとも簡単にベッドの上に投げ出される。両膝を掴まれ、仰向けの状態で、ぱっかりと股を開けられる。
 目の前の、俺より大きな男は――太く、大きく、黒光りする逸物を既にいきり立たせており。身体を股の間に割り入れ、俺の二の腕を上から押し掴んで、力を込め、熱い先端を俺の女の入り口に当てがい――

「あ゛っあ゛♡♡ お゛っっイっ♡ イ゛くイ゛くぅっ♡♡ あ゛ぁぁあぁっっ♡♡♡」

 ――俺が、この爆乳女の身体に押し込められ、この身体で生きていかなくてはならなくなった、この日。
 俺、西崎花子……優野あいは、三十七作目の作品を撮られ。
 それは、優野あいの作品の中でも、トップスリーに入る売り上げを記録した。



◆epilogue◆

 耳障りなメロディが鳴り、意識が浮上する。横向きに寝ていた――胸のせいで仰向けでも、うつ伏せでも寝られない――俺は、目の前にあるピンク色のカバーのスマホを止めた。
 時刻は……朝ではなく、午後3時を少し過ぎたころ。狭いベッドの上でのっそりと重い身体を起こす。

「ふぁ……んんっ♡ あー……マジでこの身体、ずっとサカってるみたいだ……クソ」

 寝起きに伸びをすれば、夜用のキャミソールに乳首が擦れる。ブラを着けていると苦しくて眠れず、ナイトブラはサイズもなく。結果、俺が選んだのは……元のこの女と同じ、キャミソールだった。

「あー……クソ、汗で蒸れて気持ち悪い……」

 これだけ乳がデカければ寝汗もかく。谷間と、下乳の裏側に感じる不快感を洗い落とすために、元のこの女と同じように起きてすぐのシャワー。そのついでに、

「――んお゛っっ♡ ふ、かいっ……♡」

 寝てる間に溜まってこのバカな脳を曇らせる……昨日の夜解消しなかった性欲を晴らすために、風呂場の床に置いてあるディルドの上に跨って腰を振る。これもまた、かつての西崎花子がやっていた通りのルーティーン。
 俺は本来この女ではない。けれど身体はこの女のもの。染みついた習慣は変えられず、入れ替わってからたった三日で、俺はこの女と同じようにディルドで子宮を小突くようになってしまった。

「っ、くそ……最悪の身体だ……」

 今日は、入れ替わってから五日目。撮影が無ければ休みのこの女は、入れ替わってからこっち、ずっと仕事がない状態だった。
 けれど、こんな身体で外に出るのはあまりに恥ずかしく。そしてそれ以上に、この女の身体の『どうしようもなさ』に振り回された俺は、この五日ずっとを、家の中で過ごした――時折、身体を貪りながら。

「……っ、でも、今日は……」

 昨日届いた、宅配で注文した服。露出の少ない服と、サイズの合うはずのジーンズ。これを着て、今日こそは元の俺に会いに行く――会ってどうするかなど、この頭では考えられていないけれど。
 段ボールを開け、取り出した服を並べる。下着は……用意できなかったから、この女が元々持っていたものをそのまま着る。
 ブラのカップを胸に当て、押し上げながら乳肉をカップに押し込む。ある程度押し込んだら肩紐へ腕を通し、ズレた位置を調整する。
 それが終わったら、背中へ手を回してホックを止める。そしてこの一連の作業を――俺は、乳房を机の上に載せたまま、行う。そうしなければ、どうやってもブラが着けられないからだ。

「う゛っ、くそ、苦しい……」

 有り余るほどの肉を下着に詰め終わって、ようやく服を着れる。買った服のサイズは……かなり伸びる素材にも関わらず、胸周りだけ少し小さい。ジーンズも同じ。立ったままならどうにか下半身の肉を押し込みきれるが、動いたり、しゃがんだりすると、尻がみちみちと突っ張る。
 そしてそれ以上に……暑く、こそばゆい。どこもかしこもむちむちの、肉感的で敏感なこの身体は、肌が擦れるだけで相応に熱を発するようで。普通の服を普通に着ているだけで、身体は火照り、肌が擽られ、下腹が疼いてしまう。
 仕方なく、この女が元々持っていたオフショルダーのトップスと、唯一穿けるスカートでない服……尻肉が半ばはみ出ているようなホットパンツを穿く。そうしてやっと、『まだマシな服』を着ることができた。
 溜め息を吐く。この身体は、あまりにも快楽に弱すぎる。俺の人格がこの身体に慣れていないのが原因なのか、それともこの身体はずっと淫乱なままなのか。
 どちらかは分からないが、少なくとも……今この時、この身体は、ところ構わず股を濡らしてしまうということだけは確かだった。

「電車……は、無理だろ。タクシーは……あー、えーっと……アプリで呼べたっけ……?」

 アパートの前にタクシーを呼びつけ、目的地まで運んでもらう。電車よりは金がかかるが、この女……西崎花子は、安アパートに住んでいる割に、かなりの貯金があった。
 その全財産は、どれもAV出演で稼いだもの。アパートのDVDラックに並べられた幾つもの出演作品……そのパッケージに写っている女の顔は、今の俺と同じもの。
 昨日、怖いもの見たさでそのうちの一つを再生した。俺と同じ顔、同じ身体。同じサイズの爆乳を弄られ、同じ声で嬌声を上げる女。
 自分と同じ姿の女が、色に狂った顔であんあんと喘いでいる映像。それは俺の記憶にないものだが、しかし俺以外のすべての人間からすれば、これは……このAV女優は俺なのだ。
 それを自覚して、俺は思わず笑ってしまった。ラックの中の複数本のDVD、それへ出演を決めたのも俺。契約書にサインしたのも、撮影ブースへ向かったのも。男優の上に跨って腰を振りたくったのも、潮を噴いて絶頂し、気絶したのも……過去の言動、行動、この身体の行った行為の履歴。それらすべてを、望んで行ったのは、もはや俺なのだ。
 だからこそ、せめて俺が『佐々木憲一』であると、入れ替わっているだけなのだと証明したくて――タクシーを走らせ、見覚えのある景色に辿り着いた。

「……けど憲一くん、やっぱり学校じゃ……」
「でも我慢できないのは玲奈もだろ?」
「うう……」

 懐かしい、二つの声が近づいてくる。俺は息を吸って、二人の前に姿を現す。

「あの――」
「……? どちら様ですか? 憲一くんは……知ってます?」

 学生服の二人……俺の彼女だった清澤玲奈と、俺だった佐々木憲一。恋人同士のように腕を絡めて下校している、かつての自分の姿と、自分の彼女だった……今も好きな女の子。その姿を見て、胸が詰まるような気持ちになる。
 けれど玲奈は「知らない人間」から声を掛けられた困惑の表情で、そして佐々木憲一は――嗜虐心に溢れた、にやりとした笑みを浮かべて。

「ああ、玲奈。こいつ、入れ替わる前の俺の身体。つまり、中身は前の『佐々木憲一』。だろ?」
「えっ!? そうなんですか? でも確かに、なんとなく中身は前の憲一くんっぽい感じはしますね」
「え、あー……う、うん。そう、俺が、佐々木憲一……で。俺が、玲奈の……彼氏の、憲一」

 驚いたような顔になった玲奈は、しかしすぐにこてん、と首を横に倒し、ちらりと横の『佐々木憲一』へ目を遣る。

「え? いや、憲一くんはいますし……貴女は、えっと」
「玲奈、こいつは西崎花子。27歳の女で、優野あいって芸名でAV女優やってる女だよ」
「え、AV女優……それって前の憲一くん、そんな身体に適性があるって診断されて……? ……あっ、え、で、えっと西崎さん? 今日はどうしたんですか?」
「うあ、いや、えーっと……その、気になって」

 言いたいことがあったはずなのに、この女の身体では頭も口も回らない。玲奈に余所余所しい態度を取られている、という事実が、更にそれに拍車をかける。

「はあ……気に? ああ、憲一くん……ええと、今の憲一くんは、貴女が憲一くんだった頃と同じように、良くしてくれていますけど……」
「い、いや、違くてっ」
「それとも記憶とかの話ですか? スワップ施策後の入れ替わった人に昔の記憶がないのなんて当たり前じゃないですか。それでもその人はその人の過去まで受け継ぐんだから周りの人がサポートしましょう、って決まってますよね?」
「玲奈。俺の前の身体って、頭の回転がトロくてさ。その中にいる前の俺は、多分そこまで考えられないんだ。多分あいつ、前のままのつもりで玲奈に会いに来たんだろ」
「ああ……なるほど」

 玲奈はそれを聞いて、無表情で一歩前に出る。あたかも、『佐々木憲一』を庇うように。

「まだ入れ替わったばっかりだから見逃しますけど、今は西崎さんは西崎さんでしょう? いつまでも憲一くんのつもりでいたら、警察呼びますよ」
「は、ぁっ!? まっ、ちょっ、待ってくれっ、せっかく会いに来たのに……っ、!?」
「会いに……って、なんでですか。西崎さんの人生において、私と話したことも、親しかったことも無いですし。そもそも私なんて知らないよね」
「だからっ、それは、俺が憲一だから……っ」

 玲奈は、どこか見下すような眼で俺を見て、『佐々木憲一』を振り返る。

「憲一くん……前の、ですけど。そこまで頭悪かったですっけ。それとも、西崎さんってそんなに……?」
「ん、ああ。あの身体、エロいことにしか才能がないっつーか。胸に栄養吸われて頭はバカだし、AVくらいしか出来る仕事無かったんだよ」
「憲一くん、言葉が汚くなってますよ。でも……そうですね。人格的には前の憲一くんみたいですけど……でも、もうどう見ても西崎さん以外の誰でもないですし――」

 玲奈は……最後まで、俺に対して他人を見るような目のまま。

「――じゃあ、何もなければ私たちは帰りますね。憲一くんの身体は、新しい憲一くんがちゃんと使ってくれますから。西崎さん……いえ、前・憲一くんはその女の人の身体で、西崎さんとしての人生を過ごしてくださいね」

 凍りついたように立ち竦んだ俺の脇を二人がすり抜け、そのまま歩き去ってゆく。少し歩いてから、『佐々木憲一』は振り返り、

「あ、そうそう。次の日曜、夏の大会の予選あるから見に来ていいよ。ただ、それ以外じゃ近付かないでね。俺たち、暇じゃないし」
「きゃっ、もう……憲一くん、外でそんなところ触らないで……んっ♡」
「ごめんごめん。でも、前の俺より――」
「それは……えっと、はい。……でもそれって、前がAV女優――」

 二人の声が遠ざかってゆく。立ち尽くした俺の、尻ポケットに捩じ込んだスマホが震える。

『優野、来週日曜に次の撮影始めるからブースに集合でよろしく。場所はここ、持参は無し。ただ前日はあんまりヤりすぎんなよ』

 監督からのメッセージ。振り返っても、既に二人の姿は遠く、声も聞こえない。
 俺は――メッセージに、『はい』とだけ返して、スマホをポケットに突っ込んで。両手で爆乳を抱えて、重い太腿を引き摺りながら、逆方向に歩き出した。



 ――数年後、スワップによって勉学にも楽しみを見出し、その上元の『彼』よりもバスケを楽しむようになった佐々木憲一は、文武両道の注目バスケ選手として強化選手に抜擢。高校時代からの彼女……そして、嫁に支えられ、世界に名を知られる日本人の一人となり。
 ――スワップによって牛乳淫乱AV女優の人生を押し付けられ、慣れない身体で元の『彼女』よりも激しく乱れるようになった優野あいは、『マジで本気でイってるのが分かる』『これだけのベテランが演技なしで喘いでるのはエロい』と評判になり、次々と評価の高いAVを世に送り出し。その作品とダイナミックな爆乳は海外の違法サイトにいくつも不正アップロードされ、また別の意味で世界に名を知られる日本人の一人となり。


 この一組のスワップケースは、稀に見る成功例として、関係各所から非常な高評価をされ。『入れ替わって正解だった二人』というスワップ施策のモデルケースとして、扱われたという。

あとがき
誰かの『改変』によって追加されたこの頭の悪い施策ですが、これが現実にされた時点で過去の被害者もたくさん誕生しています。機会があればそちらも書いてみたいですね。

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