斬首の浜辺

まえがき
長年、海を恐怖に陥れた海賊を捕縛したー。その海賊の処刑当日ー、
若き女処刑人は、海賊の首をはねようとするも…?

・・・・・・・・・・・・・・・・・

”どうして、いつの時代にも悪党は消えないのだろうー”

剣を手に、捕らえた罪人の背後に立っていた若い女性ー、
ナタリアは表情を歪めながら、そんなことを考えていたー。

広大な海に面したとある王国ー。

この王国の”海上警備”を担当する部隊で
”処刑人”として働いているナタリアは、
今日、長年この海域を恐怖に陥れていた女海賊・レジーナを
”斬首”するためにこの場に立っていたー。

この王国では罪人を処刑することを生業とした
”処刑人”がナタリアの他にも数名、存在しているー。

”騎士への精神的負担の軽減”
そんな目的から、創設された役職だー。

小さい頃、山賊に村を焼かれて家族のなかったナタリアはー
自分を拾ってくれた女王に恩を返すためにと
”わたしにもできる”この仕事を選び、従事していたー

そして、今日ー
彼女が”処刑”するレジーナは数年前からこの海域で、悪事の限りを尽くしていた
海賊団の頭だー。

レジーナの行方を王国は必死に追っていてー
今日、ようやく海賊の本拠地を突き止め、
こうしてレジーナを捕らえることに成功したのだー

聞けばレジーナは”貴族の娘”だと言うー。

それが、5年ほど前に、突然家を飛び出しー、
海賊として悪の限りを尽くすようになった、と、そう言われているー。

事情は分からないし、
知る必要もない。

ナタリアの仕事は、”捕らえた罪人を処刑”することだったー。

「ーーーークククク」
処刑される前だと言うのに、笑みを浮かべているレジーナ。

綺麗な顔ー。
それなのに、邪悪の限りを尽くしたこの女ー

”あと長くて数分ー
 処刑される直前の人ってどんな気持ちなんだろうー…?”

ナタリアはそう思いながら”斬首”の準備をするー

やり方は簡単だー。
背後からひと思いにこの剣を振り下ろすだけー。

「ーーークククー、わたしが死んでもー 
 また”次”の悪党が出現するだけー」

レジーナは笑みを浮かべながら言うー。

「ーーわたしが死ねば、次の悪党がー
 次の悪党が死ねば、その次の悪党がー

 世の中はそう上手く”循環”しているのさー」

レジーナのそんな言葉に、ナタリアは剣を持った手に
グッと力を入れるー

”どうして、世界は平和にならないのだろうー”

ナタリアはそんな風に思うー

レジーナのような悪党を捕らえて”処刑”しても、
また”次”が現れるー。

そうー
それは、事実だー。

レジーナが現れる前にも、
”悪夢の海賊”と恐れられている大海賊がいたー。

その海賊も、今、これから処断されるレジーナのように、”処刑”されているー。

”悪夢の海賊”を名乗っていた彼が死ねばー、
海は平和になるー

誰もがそう思っていたー。

だが、現実は”悪夢の海賊”が消えー
”次の悪党”が出現しただけだったー。

その前もー、その前も、そうだー。

”闇は消えない”
そういうことなのだろうかー。

「ー何度、何度、何度、斬ろうともー
 無駄なのさー あはははははっ」

笑うレジーナ。

「ーー無駄なんかじゃないー」
ギリッと歯ぎしりをしながら、ナタリアが言うー。

まるでー”巫女”のような穏やかな雰囲気のナタリアー。
そんなナタリアはいつも”とても切なそうな表情”で、
罪人を処刑しているー。

あと何人、処刑すれば、この王国は平和になるのかー

願わくばー
”わたしに仕事がなくなればいいー”

そんな風にいつも思っているー

”罪人”がいなくなれば、仕事は無くなるー。

それは自分の失業を意味するけれどー、
ー”平和”が訪れたことを意味するのだからー

「ーーーあなたで、最後ー
 もう、海を脅かす人間はいないー」

ナタリアがそう呟くと、
「これより、海賊・レジーナの処刑を行います」と、いつものように
静かに、騎士や大臣たちの前でそう宣言したー

ふっ、と笑うレジーナ。

浜辺に引っ立てられ、抵抗する様子もないレジーナ。

”あと何十秒かー”

これから、自分は死ぬー
そんな時に、人は、何を考えるのかー

ナタリアはそう思いながら、膝をついたレジーナを背後から見つめるー。

”わたしだったら、絶対に怖いと思うー
 だって、あと、1分もしないうちに、この世界からわたしが消えるって
 なったらー…
 わたしは、泣いて取り乱すと思うー”

”処刑人”として人の死を見るのと、自分が処刑されるのでは
まるで違うだろうー。

だが、この女ー
レジーナはまるで動じていないー

恐怖すら感じていないかのようにー。

余裕の笑みすら浮かべているー

「ーーーー…わたしには、分からないー」
ナタリアがふと口走るー。

「ーん?」
目を閉じていたレジーナが少しだけ口を開くー

「これから処刑されるあなたが、何故そんなに落ち着いていられるのか」
ナタリアが言うと、レジーナはフッ、と笑ったー

そしてー
呟いたー

「すぐにわかるさー」
とー。

「ーーーー」

ナタリアはため息をつくー

”わたし”が処刑されることなんて、この先一生かかっても
絶対に”ない”

処刑される人間の気持ちなんて、
わたしには永遠にーーー

「ーーーーー」
レジーナは目を閉じながら笑みを浮かべたー

”何故、そんなに落ち着いていられるかってー?

 それはーーー
 ”俺”にはこの力があるからさー”

レジーナは心の中でそう呟いたー

レジーナはーーー

レジーナであって、レジーナではないー。

6年前ー
当時、海を騒がせていた”悪夢の海賊”を名乗っていた大海賊ー。

彼が捕らえられてー
今、この瞬間と同じように処刑されるときー

彼は、”能力”を使ったー

処刑に立ち会う人間たちを見つめながらー
笑みを浮かべるー

”次”はあいつにするかー

とー。

そしてー
処刑の直前ーーー

彼はその場に居合わせた貴族の娘・レジーナと
”身体を入れ替え”てーーー、
レジーナの身体を奪ったー

「ーえっ!?!? ひっ!?ま、待ってー!」

”悪夢の海賊”の異名を持つ男の最後は
それは”情けない”最後だったと伝えられているー

当たり前だー。
処刑される直前
”悪夢の大海賊”の中身は、”貴族の小娘”になっていたのだからー

そしてー、レジーナの身体を奪った悪夢の海賊は、
その後、豹変ー

レジーナの身体で今日まで悪事を繰り返してきたー

だが、それも今日で終わるー

”女の処刑人かーククー
 面白いー

 次はお前が”海を恐怖に陥れる”んだぜー?”

レジーナはニヤッと笑みを浮かべるー

もう”何回”これを繰り返しただろうかー

悪党が死ねば、次の悪党が現れるー
そう、当たり前だー

”俺”は、身体を乗り換えてー
永遠に存在しているのだからー。

遠い昔ー
とある秘境の島で手に入れた”入れ替わりの秘術”

彼はー元々は”男”だったー。
それはもう、”大悪党”にふさわしい恐ろしい風貌のー。

だがー、彼は己の身体を捨てたー。

至近距離にいる人間と、自分の身体を入れ替える術ー

これを何度も何度も何度も、捕まる度に繰り返しー
誰かを身代わりに”元自分の身体”ごと死んでもらっているー。

そうー
”これがあれば、俺は、死なないー。”

永遠にー。

ペロリと唇を舐めるレジーナ。

”罪人が処刑される場に立ち会いー、
 優越感に浸っているやつらと、身体を入れ替えるこの瞬間がーー

 たまらなく、好きだー”

ナタリアが剣を手に、レジーナを”斬首”する前に深呼吸をするー

「ーーーふぅ」

ナタリアが剣を振り下ろそうとしたその時だったー

レジーナの目がーー
赤く光りーーーー

ナタリアとレジーナの身体がーーー
入れ替わったー

「ーー!?!?!?」
”持っていたはずの剣”の重みが急に消えて、
思わず目をパチパチとさせるナタリアー

視界が、おかしいー

”立っていた”ナタリアが
”膝をついている”レジーナの身体になったことで、
急に視点が変わり、困惑するー。

「ーーー……え」
レジーナになってしまったナタリアは表情を歪めたー

まだ、何が起きているのかを理解できていないー。

レジーナもナタリアも、”海を背に”
浜辺の方を向いていたー

そのため、身体が入れ替わっても見える景色はあまり変わらずー
”剣の重み”がなくなったこと、
そしてー、

自分が膝をついていることー

身体が縛られているーーーー

「ーーーえ…!?えっ!?!?!?」
レジーナ(ナタリア)はようやく何が起きたのかを理解したー

慌てて首だけを動かして背後を振り返るとー
そこにはニヤリと笑みを浮かべた”わたし”の姿があったー

「ーーだからーーー
 ”すぐにわかる”って言っただろ?」

ナタリア(レジーナ)がクスリと笑うー。

いいやー”レジーナの中”にいた存在がーー
ナタリアの身体で笑うー。

レジーナは、既にレジーナではなかったー
その中にいたのは、これまでに何十人もこうして
”入れ替わって来た”大悪党ー。

だから、悪党が一人消えても、また出て来るのだー。

「ーーえっ!?!?!?
 ちょ、ちょっと待って!!!」

レジーナ(ナタリア)が突然叫ぶー

今まで”余裕の笑み”を浮かべていたレジーナの豹変に
ざわめく周囲ー

”死”をもたらす処刑人がー
”死”をもたらされる罪人に変わってしまったー。

「ーーひっ!?!?えっ… ひぃっ!?」
目から涙が溢れ出て来るー

レジーナ(ナタリア)は身体をガクガク震わせながらー
”死の恐怖”に怯えるー

「ま、待ってー 待って!待って!
 わ、わたしがーわたしがーーー!」

悲鳴に似た叫び声をあげながら
”自分がナタリア”であることを
処刑に立ち会っている騎士や大臣たちに伝えようとする
レジーナ(ナタリア)ー

だがー、ナタリア(男)が、大声で「見苦しい!」と叫びー
その言葉を遮ってしまうー。

涙目でレジーナ(ナタリア)が、”元・自分の身体”を見つめるー

そんなレジーナ(ナタリア)の目を見てー、

「ー”俺”に教えてくれよー」と、
ナタリアの身体を奪った男は笑うー。

「ー処刑される直前の気持ちー

 俺はさー
 今まで何度も何度も、”そこ”に膝をついたけどさー

 一度もー
 ”処刑”されたことないからー
 
 気持ち、分かんないんだよなぁ~」

ナタリアの身体を奪った男が、ナタリアの身体でそう笑うとー、
「ー次はお前の身体で、楽しませてもらうぜー
 へへへー…レジーナよりいい身体だし、気に入ったぜー」と、
小声で囁くー。

「ーーじゃあな」
ナタリア(男)がそう言い放つと、
普段のナタリアが絶対に浮かべないような笑みを浮かべながらー
最後に小さく囁いたー

「そうそうー
 入れ替わって”元々の身体の持ち主”を斬首するときってさー
 妙に興奮するんだよー

 奪った身体がなーへへー

 お前の身体も今ー、すげぇゾクゾクしてるぜ?」

ナタリア(男)の言葉に、レジーナ(ナタリア)が必死にもがきながら
「イヤだ!!イヤっ!やめてえええええ!」と悲鳴を上げるー

だがー、
ナタリアの身体を奪った男はー
”元・この身体の持ち主”と、”さっきまで自分が使っていた身体”を
容赦なく葬り去ったー

返り血を浴びながら邪悪な笑みを浮かべるナタリアー。

”クククー
 次はー斬首の大海賊の誕生だー”

ナタリア(男)は手についたレジーナの返り血をペロリと舐めるとー、

”俺もいつか知りたいよー
 本当に、処刑される直前ー
 人が何を考えるのかー”

と、笑みを浮かべながら囁きー、その場を後にしたー

程なくして、
”ナタリア”は王宮から姿を消しーーー

数か月後、罪のない人々を捕らえては
”略奪”のために斬首を繰り返す悪女ー

”斬首の女海賊”ナタリアに、
海岸沿いの村に住む人々は、怯える生活を強いられることになったー

そしてーーーー

またーーー

数年後ー
ナタリア(男)は捕らえられてーーーー

満足そうに、笑みを浮かべたー

”同じことの繰り返しー

 これがーー
 俺にとっちゃ、たまらない娯楽なのさー”

とー。

おわり

あとがき
入替モノ祭りが開催されるとのことで、
時間的に厳しそうな感じもしたのですが、
急遽、(私の)いつもの1話分のサイズで
お話を作ってみました~!★

前々からいつか書こうと思っていた斬首のお話が
ちょうど、頭の中に浮かんだので、
ちょっと変わり種の入れ替わりですが、
今回こうして、書かせていただきました★!

コンパクトなお話ですが、
少しでもお祭りを引き立てるような作品に
なれていれば嬉しいデス~!

お読み下さり、ありがとうございました!

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