祭りの夜と、その後の人生~塚本綾乃の場合~

「うーん……」

今日は待ちに待った花火大会の日。
お母さんのおさがりである浴衣を着付けしてもらって、いよいよ準備万端、と言いたいところなんだけど……

「ねえお母さん、やっぱり帯きつすぎじゃない? ちょっとお腹苦しいし、それに胸のとこも……」
「それくらいの方がいいのよ。ちゃんと締めておかないとすぐに着崩れしちゃうんだから」

そうは言われても、お腹のあたりは何か食べたら痛くなってしまいそうなほどにきついし胸もかなりの圧迫感があって……一晩中こんな感じだったら正直我慢できる自信がない。後でこっそり少しだけ緩めておこう、なんてことを思いながら鏡の前でくるりと回ってみる。
淡い紺色の生地に薄い朱色や水色の花模様があしらわれた、少し大人っぽさを感じさせながらも可愛らしい浴衣。小さい頃にお母さんが着ていたのを見て密かに憧れていたものをこうして自分も着られるまでに成長したのだと思うと、嬉しさと感慨深さが入り混じってなんだか不思議な気持ちになる。

「ねえねえ、似合ってる?変じゃないよね?」
「大丈夫よ。ちゃんと可愛いから、自信持ちなさい。きっと彼氏くんも可愛いって言ってくれるわよ」
「えっ……ち、違うよ!?べ、別にそんなんじゃ……!」

不意打ちのような一言に思わず顔が熱くなる。慌てて両手を振り回す私の姿を見たお母さんはクスッと小さく笑みを浮かべていて、なんだか見透かされているような感じだ。

「あらそう?去年までは普通の服だったのに今年は浴衣を着て行きたいだなんて急に言い出したから、てっきりそういうことなのかと思ったわ」
「そ、それはほら、せっかくお祭りに行くんだからたまにはこういう格好もいいかなと思って……」

自分でもよくわからない言い訳をしながらあたふたしていると、お母さんはまた楽しげに笑い声をあげた。

「ふふっ、まあ楽しんでいきなさい。 ちゃんと連絡してくれれば門限を過ぎても大目に見てあげるから、彼氏くんとゆっくり――」
「だ、だからそういうのじゃないってば!もう……行ってきます!」

恥ずかしさを誤魔化すように、玄関を出て勢いよく扉を閉める。家からは少し遠い、花火大会の会場までの道すがら。カッカッと子気味よく鳴る下駄の音を楽しみつつ、物思いに耽っていた。

(……やっぱりこの浴衣、ちゃんと可愛いよね?蒼汰くんも褒めてくれるかなぁ……)

想い人の姿を思い浮かべながら脳内で彼の反応を空想していると、思わず口元が緩んでしまう。
蒼汰くんとは中学が一緒で、そんな共通点があるということもあって他の男子よりはほんの少しだけ会話する機会が多かった程度の間柄だったのが、こうして花火大会を見ようと誘ってもらうような関係にまでなったのは去年の文化祭がきっかけだった。
私が入っている吹奏楽部での演奏会のために体育館まで重たい楽器を運んでいる際、ドジを踏んで怪我をしてしまった私を彼は保健室まで運んでくれたのだ。後で他の子から聞いたんだけど、どうやら彼はそのせいで軽音楽部のライブに遅刻してしまったようで……その時既に、私は彼のそんな優しさに惹かれていたんだと思う。

(蒼汰くんの方から誘ってくれたんだし……こ、これってやっぱり、そういうことでいいんだよね……?)

文化祭の日以来、遅刻させてしまったお詫びという名目でご飯に行ったりとか、それをきっかけにして共通の友達を交えて何度も一緒に遊んだりとかはあったのだが、どうやら今日は2人きりだということらしい。
実を言うと、風の噂で彼が私に好意を抱いているなんて話を耳にしてしまっていて……そのチャンスを確実にモノにしようと、こうして張り切って浴衣なんかを着てみたというわけだ。

「あっ、みてみて!きれいなおねーさんがいるよ!」
「こ、こらっ!」

呆けながら歩を進めていたのだが、突然横から聞こえてきた大きな声に思わずビクッとしてしまう。振り向くとそこには親子連れの姿があり、母親の方がペコリと頭を下げて謝ってきた。

「す、すみません……」
「そんな、気にしないでください。 ありがとね、ボク」

母親に手を引かれる子供に向けて、微笑みかけながら軽く手を振る。
子供が言った事なんだから、もちろん本気にしたわけではないけど……これから告白をしようなんて時に「綺麗」だなんて言ってもらえると、馬鹿らしいとは思いつつも案外自信がつくものだ。

気づけば花火大会の会場である公園の近くまで来ていたらしく、周囲には同じように会場へ向かうであろう人達の姿がちらほらと見え始めていた。告白前の緊張もあるけど、それでもお祭りに来た時特有のこうした高揚感は中々消えないもののようで……そんなふわふわした気持ちを抱えながら、待ち合わせ場所へと向かうのだった。



***



(うぅ、流石に早く着きすぎちゃった……)

無事迷うこともなく待ち合わせ場所である広場に来れたのはよかったものの、時計を見ると約束の時間まではあと30分以上もある。辺りを見回してみるも当然蒼汰くんの姿はなく、張り切った格好をしたまま一人きりで待っているこの状況がなんだか恥ずかしくなってきた。

(まだ来ないだろうし……ちょっとだけ屋台でも見て回ってようかな)

とりあえずこのまま突っ立っているのも何なので、少し歩いてみることにした。色とりどりの出店が並ぶ光景というのは何歳になってもやっぱりワクワクとしてしまうもので、さっきまでの緊張感なんて忘れて思わずキョロキョロと目移りしてしまっていた。

「きゃっ!?」

しかし、浮足立っていた私は、よそ見してしまった隙にドンッと鈍い音を立てて誰かとぶつかってしまった。

「チッ、痛ってえな」
「ご、ごめんなさいっ!よそ見しちゃってて……」

ぶつかった相手は40代くらいに見える男の人で、舌打ちをしながらこちらを睨みつけてきた。どうやら相当に酔っぱらっている様子で、顔が真っ赤に染まっており少しお酒臭い。
慌てて謝罪の言葉を口にしたのだが……彼はジロリと私の全身を舐め回すように見ていったかと思うと、ニヤリと口角を上げた。

「……へへっ、まあわざとじゃなきゃいいんだけどよ?嬢ちゃんがそこまで謝りたいってんなら、お詫びのしるしとしてちょっと付き合ってもらうとするかな」
「えっ?あ、あの……!?」

ガシッと腕を掴まれ、強引に引っ張られる。男の人の目からは怒りが消えていたようだったけど、笑顔を浮かべているその顔はむしろさっきより怖く感じられた。ハァハァという生温かい吐息が顔にあたり、嫌悪感で身震いしてしまう。

「そう怖がんなって、ちょっと俺の晩酌に付き合ってもらおうってだけなんだからよぉ……!」
「い、いやっ、やだ……は、離してください……!」

怖い。掴まれている腕を振りほどこうとしても、痛いくらいに強く掴まれているせいでびくともしない。助けを求めるように周りを見ても、関わり合いになりたくないのか皆気まずそうに目を逸らして俯くだけだった。
あまりの恐怖に思わず涙が滲んできたその時――

「あの、ちょっといいですか?」

突如、背後から聞き覚えのある声が聞こえてくる。思わず振り返ると、そこには蒼汰くんの姿があった。

「あぁ?なんだてめぇ」
「この人嫌がってるじゃないですか。 手、離してあげてくださいよ」

蒼汰くんは落ち着いた様子で淡々と言葉を紡いでいく。その表情にはどこか有無を言わせないような迫力があって、普段学校で見ている彼とは違うその姿に、こんな状況だというのに少しドキッとしてしまった。
しかし、相手の男の人はその態度が気に食わなかったのか、私の腕から手を離すと今度は蒼汰くんの胸ぐらを掴み上げた。

「へぇ?随分と威勢がいいじゃねえか。 ……女の前だからってカッコつけてんじゃねえぞクソガキ!」
「…………」

男に怒鳴られても蒼汰くんは怯むことなく、ただ相手の目をじっと見つめ続けている。すると男はバツが悪くなったのか、舌打ちをしつつ乱暴に蒼汰くんから手を放した。

「……クソッ、どいつもこいつも……」

悪態をつきながら去って行く男の背中を眺めながら、ホッと安堵の溜息をつく。けれど、どうやら蒼汰くんは私以上に安心したらしく、彼は大きく息を吐き出しながら肩を落とした。

「あの、大丈夫でしたか?」
「うん、私は大丈夫だよ。 ……蒼汰くん、助けてくれて本当にありがとね」
「えっ? 蒼汰くんって……もしかして、綾乃なのか?」
「え?そうだけど……まさか、私だって分かってなかったの?」
「いや、まあ、その……浴衣だし、普段と色々違ったからさ」

てっきり"私だったから"助けてくれたのかも、なんて思って少し舞い上がっちゃったけど。なんてことない、彼は私を見ず知らずの女性だと思って助けてくれたようだった。少しだけ残念だなんて感じてしまうものの……赤の他人すら放っておけない彼の優しさに触れ、改めて惚れ直してしまう。

「……ふふっ」
「なんだよ。どうかしたのか?」
「蒼汰くん、足震えてるよ?さっきまでカッコよかったのに、これじゃ台無しだなーって思って」
「い、いやっ、これは……! ……そりゃまあ、あんな輩に絡まれたらビビるに決まってるだろ。 ていうか、綾乃は本当に大丈夫なのか?あんなことがあった後じゃ祭りどころの気分じゃないだろうし――」
「私はいいの!せっかくのお祭りなんだし、気持ちを切り替えて楽しまなきゃ! それに……もしまた何かあっても、蒼汰くんが守ってくれるでしょ?」

なんて恥ずかしいことを言いながら、どさくさに紛れて彼の手をぎゅっと握る。さっきの男の人の手と同じでゴツゴツしてて大きいのに怖さなんてまるでなくて、触れているだけで安心感を覚えていくようだった。
一方、私のそんな行動に驚いたのか、蒼汰くんは顔は顔を赤くしてそっぽを向いてしまう。その様子を見て思わず笑ってしまったけど、気づけば私の耳も熱を帯びているようで……同じように真っ赤になってしまっているであろう自分の顔を隠すように前を向きながら、彼の手を引いて再び歩き始めるのだった。



***



「うわっ、結構人多いなぁ。 この辺は穴場のはずなんだけど……」

あれから屋台をあちこち回り尽くした私たちは、もうそろそろ花火が打ちあがる時間だということもあり、蒼汰くんが穴場だと言っていた公園の高台へと向かっていた。しかし、どうやら思ったよりも人が来ていたらしく、既にかなりの人で賑わっていた。

「大丈夫じゃない?広場の方よりは全然人も少ないし……ほら、あそこの芝生とか座れそうだよ」

辺りの様子を伺っていると、なんとか空いているスペースを見つけることができた。
二人で並んで腰を下ろすと自然と会話が途切れてしまい、辺りには静寂が訪れる。聞こえてくるのは周りの喧騒だけ。そんな空間の中で、心臓の鼓動だけがどんどんと速くなっていくのを感じた。

(どうしよう、今さら緊張してきたかも……)

さっきまではずっと人混みの中にいたということもあってあまり意識してなかったけど、いざ2人きりになると途端に緊張がぶり返してきた。
こうして花火大会に誘ってくれたこともそうだけど、今日彼とお祭りを周った際になんとなく脈アリかもと感じるような場面も何度かあった。
でも……それはあくまで私がそう感じただけで、彼が本当はどう思ってるのかなんてことは本人にしか分からないわけで。もしかしたらただの勘違いかもしれないという不安もあるし、もし告白を断られたらなんて考えるとやっぱり怖くて中々口を開けずにいた。

「……そ、蒼汰くん。 あのさ……」
「あっ、やっぱりそーちゃんだ!」

意を決して話しかけようとしたその時、突如として私たちの間に割り込むように背後から誰かの声が響く。驚いて声のした方に目を向けると、そこには私もよく知っている人物の姿があった。

「うおっ!?……なんだ、ヒナか。たく、びっくりさせるなよな」
「えへへっ、ごめんごめん。 ……綾乃先輩も一緒だったんですね、お久しぶりでーす」
「う、うん。ひなたちゃん、久しぶり……」

彼女の名前は松川ひなた。私と蒼汰くんの2つ下の後輩で、私とは中学時代に同じ部活に入っていた先輩と後輩の関係でもある。
私服は初めて見たけど、ツインテールにフリルのついた可愛らしい服を身に纏っている姿はどこかお人形さんのような雰囲気すら思わせて、女の子らしい可愛さに溢れていた。

「悪い、少しだけ待っててもらっていいか?ちょっとこいつと話してくるから」
「え?う、うん、もちろん」

そう言って、蒼汰くんは彼女を連れて少し離れたところに移動していく。

(たしか幼馴染なんだっけ。 蒼汰くんは妹みたいに思ってるって前に言ってたけど、でも……)

ひなたちゃんとは1年間同じ部活にいたけれど、さっき見た彼女の姿は今まで見たことがないものだった。
蒼汰くんと話している時の敬語が抜けた弾むような声と、とても嬉しそうな表情。そして……私を見た時の、まるで邪魔者見るかのような視線と冷たい声。
きっと、彼女も蒼汰くんのことが好きなんだろう。私よりもずっと長い時間を蒼汰くんと過ごしてきたあんなに可愛い子が、彼のことを――

「悪い、遅くなった。まだ花火始まってないよな……どうしたんだ?」

戻ってきた蒼汰くんに声をかけられてハッとする。どうやら考え事をしている間に随分と時間が経っていたようで、気づけば周りにもさっき以上にたくさんの人が集まってきていた。もうそろそろ花火が打ち上がる頃合いだろうか。

「う、ううん、ちょっとぼーっとしてただけ。 それより、ひなたちゃんは一緒じゃないの?」
「ああ、あいつは他の友達と来てるらしくてさ、広場の方で見るんだと。受験生だってのに呑気なモンだよなぁ」
「そ、そっか、そうなんだ」

その言葉を聞いて安心した一方で、同時に焦りも感じていた。
蒼汰くんのことを好きなのは私だけじゃない。ひなたちゃんもそうだけど、もしかしたら他にもいるかもしれなくて……そんな当たり前のことにようやく気づいて、胸の奥がチクリと痛くなる。
もしここで彼に想いを伝えなければ、他の子に先を越されてしまうかもしれない。それだけは嫌だ。絶対に――
そう思った瞬間、私は無意識のうちに蒼汰くんの手を握っていた。

「綾乃……?」

心臓がバクバクと音を立てて鳴り響いている。顔が熱い。今すぐ逃げ出したいくらい恥ずかしい。でも……今しかないと思った。今を逃したらもう言えない気がしたから。

「あ、あのね……こんなこといきなり言われたら困るかもしれないけど、その……」

心臓の音がうるさい。周りの喧騒が遠く感じる。緊張のせいなのか、喉が渇いてきて上手く声が出せない。それでもなんとか勇気を振り絞って、震える唇を開く。

「私、蒼汰くんのことが――」

その瞬間、白く眩い光が私の視界を覆った。



***



『あんっ♡♡あぁんっ♡♡やだぁっ、中はやめてっ♡♡♡♡抜いてっ、抜いてってばぁっ♡♡いやぁんっ♡♡♡♡』
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はっ…………あ、あれっ……え…………?」

再び目を開けると、気付けば私はスマホの画面を見つめていた。
画面の中には浴衣を着た女の子が男の人に無理やり襲われてる動画が映し出されていて、いつの間にかつけていたイヤホンからはどこかわざとらしい嬌声が聞こえてくる。それに、なんだか股間のあたりが気持ちいい感じがして――

「ひっ!!?」

驚きのあまりスマホから手を離してしまい、いつの間にか座っていた便座の中に沈んでいってしまう。
けれど、そんなことはどうでもよくなってしまうくらいの異変が起きていた。スマホを握っていなかったもう片方の手……ぬるぬるとした不快な感触が伝わってくるその手にはグロテスクな肉棒が握られていて、それが他でもない私の股間から生えてしまっているのだ。

「な、なにこれっ!?どうなってるの……!?」

おかしいのはそれだけじゃなかった。浴衣を着ていたはずなのにいつの間にかシャツとチノパンを着ているし、それを身に纏っている身体も慣れ親しんだ私のものじゃなかった。視界を下ろせば真っ先に目に入っていた、ちょっと邪魔だとすら思っていた私の胸はペタンと潰れてしまっていて、その代わりと言わんばかりにでっぷりと膨れたお腹がシャツの下で窮屈そうにしながらもその存在を主張している。蒼汰くんに会う前だからと念入りにケアをしたはずの腕や足もすっかりと変わり果て、縮れ毛だらけな上にたっぷりと脂肪を蓄えた太いものへと変わってしまっていた。

「それに、この声……」

呟いたその声も低くて野太い、まるで男の人のようなものへと変わってしまっていて……それを確かめるように喉を触ると、突起の様なものが指先に触れた。

「確かめ、なきゃ……」

もう既に察しはついてしまっていてけど、何かの間違いかもしれないと思いたくて、ひとまずは今のこの場所――入った覚えのない公衆トイレにあるはずの鏡を確認しに行くために服を着直すことにした。
硬く大きくなっている股間を無理やりパンツの中に押し込み、大きく突き出たお腹の存在に四苦八苦しながらも、なんとかズボンを履き直すことに成功する。
そして個室を出て、一目散に洗面台の前へと向かっていた。

「う、嘘……この人って、もしかしてさっきの……!?」

自分の姿が映るはずの鏡。出かける前に何度も確かめた浴衣姿の私の姿はなく、代わりに別人の姿が……先刻私を襲おうとしてきたあのおじさんの顔が、鏡越しに私を見つめていた。

「な、なんで私がこの人に……どうなっちゃってるの……!?」

ぺたぺたと確かめるように顔を触ると鏡の中のおじさんも同じように動き、その『おじさん』が紛れもない私なんだということを伝えてくるようだった。そして手のひらからはベタっとした脂の感触が返ってきて……これが現実だと信じたくなくて、私はしばらく洗面台の前で呆けてしまっていた。

「うははっ、すっげえ!マジで俺があのボインの姉ちゃんになってんじゃねえか!ひひっ……♡」

不意に隣からそんな大声が聞こえてきて、再び現実に引き戻されてしまう。声のした方へ目を向けると、浴衣を着た綺麗な女性が、似つかわしくない下品な笑みを浮かべながらガニ股になって嬉しそうに自分の胸を触っていた。

「なあおっさん、これ夢とか幻覚じゃねえよな?」
「え……あ、あの、私に言ってます……?」
「そりゃ、この場におっさんって言ったらアンタしかいねえだろうよ。 それより、なあなあ!ちゃんと俺、女の身体になってるよな!?」

この人の目にも私は『おっさん』として映っているようで……改めて、これが紛れもない現実なんだと思い知らされる。それにこの口ぶり、もしかしてこの人も別人の身体になってしまっているのだろうか。

「は、はい、女性にしか見えませ――」
「あははっ、だよなぁ!?ナンパしに来たってのにまさか俺が女になっちまうなんて……よっと!」
「えっ、ちょ、ちょっと!?いきなり何してるんですか!?」

女性がぐいっと浴衣の胸元をはだけさせ、驚きのあまり思わず声を上げてしまう。

「いや、さっきすれ違った時からこのデカ乳が何カップなのかずっと気になってたからよぉ。確認しようと思ったんだけど……へへっ♡何ならおっさんにも揉ませてやろうか?今気分いいしな♡」

ニヤっと笑いながらブラに包まれた大きな胸をゆさゆさと揺らし始め……それを見た瞬間、ドキッと心臓が跳ね上がるのを感じた。それになんだか、股間のあたりがまたきつくなってきてるような……。

「っ……!」

まるで自分が自分じゃなくなってしまうような感覚を覚えた私は、逃げるようにして公衆トイレを飛び出していた。そこはさっき座っていた芝生からそう遠く離れた場所ではなかったのだが……変わり果ててしまっているその光景を見て、思わず足を止めてしまっていた。

(な、なんなのこれ……)

人が多いのは相変わらずだったが、その様子は明らかに先程とは違い混沌とした様相を呈していた。
まるで子供のように泣きじゃくる強面の男性と、そんな男を必死になだめようとしている幼稚園児くらいの少女。だらしの無い笑みを浮かべながら自分の胸を揉みしだいている少女と、彼女に向かって女性のような言葉遣いで文句を言っている涙目のおじさん。
そして、ベンチに座りながらガバっと股を開き公衆の面前で自慰に耽っている女性の姿や、小学生くらいの男の子が気の強そうな見た目をした女性を押し倒している姿なんかも見られて……そのちぐはぐで異様な光景を前にして、おおよその察しがついてしまった。

(私だけじゃない、きっと他の人にも同じようなことが起きてるんだ……)

夢なら覚めてほしいと思って頬をつねっても、これが現実だと言わんばかりに痛みが、そして私の現状を知らしめるように頬についている弛んだ脂肪の感触が指先から伝わってくる。
どうしてこんなことになってしまったのだろうか。本当なら今頃、蒼汰くんに告白していたはずで――

(……蒼汰くん!公園中がこうなってるってことは、もしかして蒼汰くんも同じような目に……!?)

気づいた時には、パニック状態の公園の中を必死に走っていた。
もしさっきトイレで会った女性みたいな人に私と蒼汰くんの身体が使われていたら。そこら中で繰り広げられてる性行為を私たちの身体で勝手にやられたりでもしていたら。考えたくもないのに、最悪な想像が次々と頭の中に思い浮かんでしまう。
ぶるぶると揺れるお腹の脂肪の感覚を、一向に小さくなってくれず少し痛みすら感じる股間の圧迫感を必死に堪えながらも、慣れない身体を動かして必死に走り続けた。

「ぜえっ、ぜえっ……! い、いなくなってる……そんな……」

汗まみれになりながらもなんとか元の場所まで辿り着いたのだが、私と蒼汰くんの姿は既にそこから消えてしまっていた。

(どうしたらいいの……)

たった数分走っただけだというのに息が切れてしまっており、その疲れと絶望のあまりへたり込んでしまう。自分の身体に連絡を取ろうにもスマホはさっきトイレで水没させてしまっているし、そもそも通話に出てくれるとも限らない。
もはや打つ手はなく途方に暮れていたのだが……ふと、近くの茂みから聞き覚えのある声がした。

「……んっ♡♡あはぁっ♡♡やっべえ、何回イけんだよこの身体っ♡♡んあぁっ♡♡♡♡」
「う、嘘でしょ……まさか……!?」

声をした方へ進んでいくと、そこにはあられもない姿の少女がいた。
花柄の綺麗な浴衣はもはや服という役割を果たしていない程に乱れていて、自慰をするために脱いだのか、周りには肌着や下着が散乱している有様だ。結っていた髪もほどいてしまったのか、長い黒髪を地面に垂らしながらひたすら自慰に耽っている。そしてその顔はこれまで何度も鏡越しに見てきたもので……間違いなく、目の前にいるこの痴女は『私』だった。

「なっ……!?わ、私の身体で何してるんですか!?やめてください!!」
「うおっ!?」

自分の身体を勝手に動かされ、あまつさえ自慰までされてしまっていたことが信じられず、衝動的に『私』の身体を押し倒していた。両腕を取り押さえてなんとか行為はやめさせられたものの……驚いたような顔をしていた『私』はこちらをじっと見つめたかと思うと、すぐにニヤっと口角を上げていった。

「なんだ、何かと思ったら元の俺の身体かよ。その口ぶりからして、多分中身は綾乃ちゃんなんだろ?」
「えっ……ど、どうして私の名前を……!?」
「お、なんだ。もしかしてそっちはまだなのか? ……へへっ、名前だけじゃなくて、綾乃ちゃんのことならなんでも知ってるぜ?例えば吹奏楽部に入ってることとか、Hカップの巨乳をちょっと邪魔に思ってることとか……昨晩"大好きな蒼汰くん"とヤる妄想しながらオナニーしたこととかなぁ?」

どうやら私の身体には私と入れ替わるようにしてあのおじさんが入ってしまっているようだったのだが……彼は事も無げに私の名前や個人情報を言い当て、あろうことか私しか知らないはずの昨晩のことまで知っているようだった。

「な、なんでそんなことまで……」
「はははっ!そんなの……私が、塚本綾乃だからに決まってるでしょ?自分のことなんて知ってて当然じゃない」
「えっ?なっ……わ、私、なの……?」

先ほどまでの下品な雰囲気から一転して、『私』は急に落ち着いた様子でそう言い放って見せた。その言葉遣いも表情も、全部普段通りの私そのもので、あまりの豹変ぶりにたじろいでしまう。
何も言えない私をじっと見つめていた『私』だったが……ぶはっと、我慢できないといった様子で吹き出した。

「あっはははは!悪い悪い、少し意地が悪かったな。 なんで綾乃ちゃんのことを知ってるのかは後で教えてやってもいいが……その前に手、離してくんねえか?オナニー中に邪魔されたせいで身体が疼いてしかたなくてな、さっさと続きがしてえんだよ」
「ふ、ふざけないでください!そんなの許すわけないでしょ!」
「チッ、めんどくせえな……ん?」

『私』は苛立ったように舌打ちをしていたのだが、何かに気づいたかと思うとにやりと口を歪めてみせた。

「ははっ!なんだよ、うだうだ言ってる割には勃起してんじゃねえか!なんだかんだで綾乃ちゃんも興奮してたんだなぁ」
「えっ……ち、違います!これは勝手にこうなって……!」

指摘されたことで気づいたが、いつの間にか股間の圧迫感が先程以上に強くなっていた。それだけじゃない、なんだか頭の奥がぼーっと熱くなってる感じもして……図星をつかれたような気がして、恥ずかしさで顔を背ける。

「違わねえだろ?へへっ、俺だった身体だから分かるぜ、エロい女子高生を押し倒してるってシチュエーションに興奮してんだろうよ。 いやーん♡綾乃、犯されちゃう~♡♡ってな♡どうだ、さっきよりムラついてきてんじゃねえか?」
「や、やめて……わ、私の声で変なこと言わないでください……!」

わざとらしく甘ったるい声が耳に入った瞬間、心臓の鼓動がさっきよりも早くなっていくのを感じた。それはおじさんになる前、蒼汰くんに告白しようとした時のドキドキなんかよりもずっと強くて……自分で自分のことが信じられなくなってしまい、たまらず両手で耳を塞いだ。

「きゃあっ!?」

――そして、両手が解放されたその瞬間を見逃さなかった『私』によって逆に押し倒されてしまい、驚く間もなくズボンとパンツを無理やり脱がされてしまう。解放感と共に、私の股間から生えている男性器がぶるんっと露わになった。

「い、いきなり何するんですか!?」
「へへっ、言ったろ?なんで綾乃ちゃんのことを知ってるのか教えてやるってよぉ」
「そ、それとこれに何の関係が……」
「汚ねえ声でピーピーうるせえな。いいから黙ってろよ、っと!」
「はう゛ぅぅっ!?♡」

ずちゅっ。そんな水音と共に、股間が何か柔らかいもので包まれたような気持ちよさを覚える。慌てて下腹部の方を見ると、なんと『私』が乳房を抱えるようにして、その隙間に私の男性器を挟み込んでいた。そしてそのまま、ゆっくりとした動きで胸を上下させ始める。

「あっ♡♡あんっ♡♡ い、一体何をして……あ゛うぅっ♡♡」
「何ってパイズリだよ、パ・イ・ズ・リ♡ 手で抜いてやってもよかったが、俺の身体ならこうされたほうが早いだろうし……へへっ、やる側も体験してみたかったしな♡」
「そん、な……んあぁっ♡♡わ、私の身体で勝手なこと、やめてぇっ……う゛ぅっ♡♡♡♡」

柔らかい乳房に棒全体を擦り上げられ、今まで味わったことのない快感から逃げるように思わず腰を引いてしまう。しかし、そのせいで乳房の中の男性器が勢いよく擦られてしまい、より強い快楽によって情けない喘ぎ声を上げてしまっていた。

「う゛あぁぁぁっ!!?♡♡だ、だめっ♡♡なんか出てきちゃう……んあ゛あぁぁぁああっ♡♡♡♡」
「うおっ!?」

先程までトイレでシコっていた途中だったせいか、私はものの数秒のパイズリだけで呆気なく射精してしまっていた。目の前の美少女の胸と顔面に白濁とした精液がかかって、それがエロくて更に興奮……して……?

(あ、あれっ?私、今何を考えて……うぅぅっ!!?)

それをきっかけにして、快感の余韻で痺れている脳内へと濁流のように『何か』が流れ込んできた。
数ヶ月前にも風俗でパイズリをしてもらって、それが格別に気持ちよかったこと。最近あったセールでレイプ物のAVを買い漁って、シコるのに夢中になって外せない仕事をすっぽかしてしまったこと。記憶の中にある私の身体は今と同じ太ったおじさんのもので、初めての射精のはずなのに、いつの間にかその快感を慣れ親しんだもののように感じられるようになっていて――

(ち、違うっ!こんなの私知らないっ!知らない、はずなのに……クソッ、何がどうなって……!?)

困惑している間にも、俺が知らない『俺』の記憶が強引に流し込まれていく。
俺にしては珍しく数年続いていた仕事をつい最近クビになったこと。やけになって近所の祭りに出向き、そこで浴びるように酒を飲んだこと。酔った勢いでその辺をぶらついていたところに俺好みのガキと偶然ぶつかったから、上手く言いくるめて犯しちまおうなんて思って――

「――はぁっ……はぁっ……!な、なんだ今の……て、てめぇ!俺に何しやがった!?どうして俺が、こんな……!?」
「どうして、なんて俺にも分かんねえけどよ。俺もオナニーしてイったら記憶が読めるようになってたんだよな。 ……まあ、たった1回でそんなんになっちまうとは思わなかったけどよ。おっさんな分、記憶の量も多いからか?すっかり俺そのものになっちまったじゃねえか」
「う、嘘だろ!?何てことしてくれてんだよ……!?」

射精した瞬間。そのほんの一瞬の間に体験させられた記憶のせいで、俺は取り返しのつかないほど『俺』に馴染んでしまっていた。俺がこの身体、『岡田洋平』として生きてきた43年間。それが一気になだれ込んできてしまったせいか、俺がこいつ……綾乃だった記憶が頭の奥底に追いやられ、おぼろげなものになってしまっていた。そして、そのせいなんだろうか……

(チクショウ、どうなってんだ!?俺の身体だったはずなのに、なんでこんなにエロく見えて……)

浴衣がはだけ切ってるせいで完全に露出してるデカ乳から、俺が綾乃だった時は邪魔だとすら思っていた乳房から目が離せない。大事にしていたはずの浴衣も……俺がぶちまけた精液で汚れちまってるのに、そんな光景すらAVのようだと思えて余計に興奮してしまっている。
そして、綾乃はそんな俺の心を見透かすようにして嗤いながら、ゆっくりと近づいてきた。

「ま、そんだけ染まっちまえば断る気も起きねえだろうし……なあ、俺とセックスしようぜ♡」
「は!?て、てめえ、何言って……」
「散々オナニーしてたんだが、指で弄ってるだけじゃ物足りなくなっちまっててな。 へへっ、ほんと丁度いい時に来てくれてよかったぜ♡ ほら、さっさと挿れてくれよ♡お前だってヤりたくて仕方ねえんだろ?」

そう言うなり、綾乃は自分の股間を見せつけるように足を広げて誘惑してきた。「散々オナニーしてた」という言葉通り、その割れ目からは大量の愛液が溢れ出ていて、太ももにまで垂れている姿が堪らなくエロかった。

(やべえ!ヤりてえ、犯してえっ!……けど、こいつは俺の身体で……でも……!)

興奮のせいか心臓がバクバクと音を立てて鳴り響き、既にチンコがはち切れそうなほどに勃起しているのが分かる。今すぐにでも押し倒してしまいたいが……同時に、俺の中に微かに残っている『私』が強く警鐘を鳴らしているのも感じていた。この性欲に流されてしまっては完全に取り返しがつかなくなってしまうと、そう訴えかけているのだ。

「なんだよ、来ねえのか?そんじゃあ……コホン。 ほらほらぁ♡こーんな可愛い女子高生が生ハメしていいって誘ってるんだよ?早く襲っちゃいなって、お・じ・さん♡」
「っ……!や、やめろ!俺の真似なんてすんじゃねえ!!」

一向に動こうとしない俺に痺れを切らしたのか、綾乃は挑発するように笑いながら誘惑してきた。甘ったるい声を出しつつ、俺に見せつけるように自分の秘部をぐちゃりとかき混ぜ、更に興奮を煽ってくる。それでもなお、俺は理性を振り絞って必死に耐えようとしていたのだが――

「ああ、それともこっちの方がいいか? ……お、お願いだからやめてください……!私、まだ一度もしたことなんてなくて、初めては大事な人にって、だから……!」
「っ……!!?」

こちらを挑発するニヤけ顔から一転して、今度は泣き出しそうな表情を浮かべ、震えるような声で懇願し始める。そのあまりの変わりっぷりにも驚いたが、今まで観てきたAVが霞んでしまうほどのリアルさをもったその怯えようが俺の興奮を一気に煽って――ぷつんと。俺の中で何かが切れる音が聞こえた気がした。

「なんてな。どうよ、俺の演技は?綾乃ちゃんの記憶も参考にしてみたんだが……うおっ!?」
「フーッ……フーッ……!!」

気がついた時には、目の前の女を力任せに押し倒していた。そのまま浴衣を完全にはだけさせ、露わになったエロい生足を掴んで強引に開かせる。

「はははっ!いいねえ、ようやく素直になってきたじゃねえか♡あんだけ嫌がってたってのに、結局は犯したくて仕方なかったんだな♡」
「っ……う、うるせえっ!てめえが、てめえが悪いんだからな……馬鹿みたいにエロい身体で散々誘惑してきやがって……!」

そうだ、俺は悪くない。そもそもこいつがあんな風に誘ってこなけりゃ、俺だってこんなことをするつもりはなかったんだ。こんなに興奮しちまってるのも押し付けられたこのおっさんの身体のせいで、俺はむしろ被害者なんだ。

(だから……俺がこいつをブチ犯したって、何も問題はないよな……?ひひっ♡)

そう自分を納得させた瞬間、必死に押さえつけていた欲望が一気に溢れ出てきた。そもそもこいつの方から犯されたがってるんだから何の問題もないってのに……どうして俺は躊躇していたんだろうか。

「いつまで待たせんだ?ほら、さっさと挿れ……ん゛おぉぉっ!!?♡♡♡♡」

煽るように催促を続ける言葉を無視して、一気に奥まで挿入してやった。ほんの数秒前まで余裕そうな顔をしていたというのに、今のこいつは獣のような喘ぎ声をあげながらアヘ顔を晒していて……AVとは違う本物の反応にゾクゾクとした快感が背筋を走り抜けていく。

「お゛っ♡♡あっ、んあぁぁっ♡♡♡♡て、てめえ、こんないきなり……っ♡♡お゛ほぉっ♡♡♡♡」
「ははっ!どうした?さっきまであんなに偉そうにしてたってのに、もうそんな情けない声あげちまってよぉ♡」

腰を打ち付ける度にデカ乳がぶるんっと揺れる様が堪らない。膣内がきゅうぅっと締まる感覚が気持ちいい。
風俗でヤる時なんかは出禁にならないようにと我慢していたが今はそんな必要もなくて、AVでしか見たことがないような強引な責めを俺がしているのだと思うと余計にチンコが滾っていった。

「お゛ぉぉっ♡♡ ……へへっ、すっかり俺そのものになっちまったみてえだな♡ いいのか?これは元々お前の身体で――ん゛おぉぉっ!!?♡♡♡♡」
「うっせえな、今はお前の身体だろうが! さっきからごちゃごちゃと……お前みたいな糞ビッチは馬鹿みたいに喘いでりゃいいんだよ!」
「んあぁぁぁぁっ♡♡♡♡」

イラついた勢いのまま、綾乃の子宮口を突き上げてやる。すると彼女は濁った悲鳴を上げながら身体を大きく仰け反らせ、ガクンガクンと痙攣し始めた。どうやら軽くイってしまったらしい。
さっきまで余裕こいてた女が無様に絶頂する姿は格別なもので……こうやって女を犯す悦びは男にしか味わえないというのに、どうして俺はあんなに元の身体になんて戻りたがっていたんだろうか。
一度タガが外れてしまえば後は早かった。今まで抑えていた分を取り戻すかのように、ひたすら激しくピストンを繰り返して綾乃を犯し続けて――やがて公園の騒ぎを聞き付けた警官に取り押さえられるまで、俺はその快感を貪り続けていた。



***



あの日から1週間が経ち、ようやく留置場から出ることを許された俺は、イラついた気分を抱えながら自宅までの道を歩いていた。
保釈された時に聞いたが、どうやらあの日のことは世間でちょっとした騒動になっているらしい。そこかしこでハメを外したセックスなんかが行われていたこともそうだが、なんと「身体が入れ替わっている」なんて馬鹿げたことを主張をし始めるようになったキチガイが何人も同時に現れたらしかった。そんな話無視すりゃいいのに政府やらなんやらがそいつらへの対応をすると発表したそうで、本来であれば刑務所行きらしかった俺も、どうやらその恩恵を受けて保釈されたようだった。

(ま、実際に入れ替わっちまってるんだけどな。……どうせ元になんか戻れりゃしねえってのに、馬鹿な連中もいてくれたもんだ)

そう、あの日起きたことは全て現実で、綾乃だった俺は結局元の身体に戻れず、岡田洋平という名のおっさんとして生きていくことを余儀なくされていた。
とは言っても、『俺』としての記憶の方が多く残ってるせいか、正直入れ替わってるなんて実感がほとんど無いし、綾乃だったころの記憶もほとんど薄れているせいか元の身体への未練も特に感じていなかった。

(……いや、未練はあったな。まだ全然犯し足りなかったってのに途中で止めやがって、クソッ……)

あの夜のことは、まさに天からの贈り物のような出来事だった。あんなエロい身体をした女子高生を好き放題犯してお咎めなしだなんて……そんな機会なんてこれから二度とないもんだから、もっと犯っておけばよかったという後悔が強く残っている。

「きゃっ!?」

そんなことを考えていた矢先、曲がり角のあたりで誰かがぶつかってきて、そいつのものと思わしき甲高い悲鳴が聞こえてくる。
一瞬綾乃かと思い少し期待したが……目の前にいたのは全く知らない、抱きがいもなさそうな貧相な体つきをした少女だった。

「チッ、痛ってえな。気をつけろよクソガキ」
「……綾乃?」
「はぁ?」

特に興味も湧かなかったためその場を去ろうとしたのだが……聞き覚えのある名前が少女の口から飛び出し、思わず足を止める。

(こいつ、どうして綾乃の名前を……待てよ?よく見りゃこのガキ、見覚えがあるような……)

どこか懐かしいものを感じて、じっと少女のことを見つめる。何か、大切な何かを思い出せそうな気がして――

「い、いや、あの……」

ふと、少女が怯えたような様子を見せていることに気づく。こんなガキに欲情なんてするわけないが……一度強姦で逮捕されている手前、もしこんな場面を警察にでも見られればかなり面倒なことになるだろう。

(それに、どうせ俺にはもう関係のないことだしな)

少女はまだ何か言いたげに口をもごもごとさせていたが、構わずにその場を歩き去る。
そう、元は俺だったとはいえ、綾乃と俺はもう赤の他人でしかないのだから。もしあいつが綾乃と関係があったとしても、もはやどうでもいいことだ。そのはずなのに、さっきの少女の顔がどうしても頭から離れなくて――

(……そういやあいつの名前、なんて言ったっけなぁ)

ふと、忘れていた男の顔が頭に浮かぶ。俺が綾乃だった頃に好きだった、告白をしようとしていた大切な相手のことを。
振り向くと既に少女の姿はなく、俺はしばらくその場に立ち尽くしていた。

メス牡蠣さん宛の匿名メッセージ

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